とある昼下がりの話
「おっと、水も滴る昼帰りクン、こんにちは。これは人生のアドバイスだが、シャワーを浴びるときにはきちんと着替えを持参して服を着てから出てきたほうがいい」
一糸まとわぬ、正確にはタオルを頭から被っただけの"一糸まとった"姿でバスムームから出てきたシャルマンを前に、階段を上がってきた司祭はため息混じりに声をかけた。いつもはきちりと衣装を着こなす彼の無防備な姿にも怖気付かないのは、そんな姿でもいっそすがすがしいくらい開き直り堂々とした立ち居振る舞いのせいか。
「早くシャワーを浴びたくてね。忘れたんだ。勘弁してくれ。この時間に君が司祭館にいるとは思わなかったよ」
見つかってしまった、と一瞬きまりの悪そうな顔をしたものの、すぐにいつもの柔和な笑顔に戻る。その表情の理由はおそらく、「あられもない姿で室内を歩き回っている」ことに対するものではないのだろう。
「着ていた服はどうしたんだい?」
服も靴も持たず、室内履きすら履かずに素足で床板を踏むのを見下ろし、もう随分暖かい季節とは言え冷たくないのだろうか、といらぬ心配が浮かぶ。先程まで湯に浸かっていたであろう上気した肌に、足元だけは浮いたように白い。ひたり、とその足先が自らに触れるのを想像し、司祭は知らず息を詰める。
司祭のその様子を流し見ていたシャルマンは、上機嫌に持ち上がる口の端を隠すように髪から落ち顔を濡らす水滴を拭タオルで拭った。
「燃やした。“シミ”が取れなくてね」
「おまえ、そんな“シミ付き”のなりでよくここに入れたね」
呆れを多分に含んだ司祭の声音に、何故かより一層機嫌をよくしたシャルマンは声を弾ませる。
「外で処分してきたとも」
「全裸で帰ってきたのかい?!」
予想していなかった発言に司祭が声を裏返すと、シャルマンはうふふ、と嬉しそうに息を漏らす。
「下着くらいは着ていたさ」
「おまえが露出狂だったとは。嘆かわしい」
「誰も見ちゃいないよ」
「そういう問題ではない」
司祭は恥じ入るように顔を覆うと、大きくため息をついた。
「で、下着は?」
「燃やした」
爽やかな顔で当然のように答えると、だから何も持っていない、とシャルマンは両手を広げてみせる。身の潔白を示すようにひらひらと手を翻し司祭に微笑みかけた。
「そうか、火事にならずになによりだ。早く服を着ておいで」
ひくり、と一瞬口をゆがめるも横目でそれを流し、体を冷やすよ、と司祭はシャルマンを部屋に促す。その仕草に「つれないな」とぼやきつつ、シャルマンは彼の肩に腕を回した。濡れるから離れてと顔をしかめられるも、そのままグイグイと司祭の体を引き寄せ楽しそうに喉を鳴らす。
「汚れもシミもしっかり落としたんだ。お帰りのキスをしておくれ」
「服を着て、髪をきちんと乾かしてからね」
半ば強引ながらものちの約束を取り付けにこりと笑うと、シャルマンはすんなりと司祭を解放し部屋へ向かう。
「私は焦らされるのも嫌いじゃないよ。ところで君、この時間ならランチはまだだろう。すぐに準備するから一緒にどうだい」
「それは嬉しい提案だ。僕は焦らされるのが好きではないから早く戻っておいで」
「司祭様の仰せのとおりに」
パタン、と扉の閉まる音と、軽い足音が廊下に響いた。
2021.06.29