私のかわいい子猫ちゃん 7

「髪、きちんと拭きなさい」
 アレクサンドルが用意された少し大きい部屋着に袖を通し、頭からタオルを被ったまま椅子に腰掛け動けなくなり数分、ノックとともに現れたシャルマンがそれを見てため息をついた。着古した様子のワイシャツとコットンパンツというカジュアルな姿は、いつもの堅い格好よりも気安さを醸し出している。
「……ごめん」
「怒っているわけではないよ。君が風邪を引いたらと心配しているんだ」
 本人が隠そうともしていないシャルマンの甘い空気はくすぐったく、それから逃れるようにアレクサンドルはうつむいて目をそらす。シャルマンはそれをまったく気に留めず、さっさとアレクサンドルに寄ってきて当たり前に髪を拭き始めた。
 黙々とタオルで頭を撫でつけられる感覚にアレクサンドルがかすかな眠気の気配を覚えた時分、湿ったそれが離れて視界が少し明るくなる。タオルを手放したシャルマンは十分に乾いた髪を指で梳かし、そのまま襟から覗く首筋をさらりと撫でた。まだ冷めきらず温かいのを確認し、冷える前に部屋に行こう、とアレクサンドルを促す。顔だけ向けて立ち上がろうとしないアレクサンドルのことを、薄く笑ったまま待つ。
「……ごめん。体にうまく力が。少し待って」
「うふふ、手のかかる子猫ちゃんだ」
「……!」
 シャルマンは楽しそうにアレクサンドルの手を掬い取るとぐいと引き上げ、教会のときと同じく自分の体にもたれかけさせるように抱きとめた。
 先ほどと変わらず香る匂いに安堵を覚え、またじわりと目頭に熱が集まるのをごまかしながらアレクサンドルはシャルマンの肩にギュッと顔を押し付ける。シャルマンからまた小さな笑い声がこぼれ、アレクサンドルの体はそれに合わせて少し揺れる。
「……酒、飲みたい」
「今日はだめだ」
「でも」
「いつもそうやって寝ているのかい?」
「……」
 体重をほとんどシャルマンに預けたまま無言で固まるアレクサンドルの頭にシャルマンが返事を促すよう頬を擦り寄せるも、変わらずなんの反応もない。
「……しょうがない子だ。でももう大丈夫」
 甘える姿に随分と機嫌を良くした様子のシャルマンが、またあやすようにトントンと背中を叩いた。
「君がいつから飲まないと眠れない夜を過ごしていたのか私にはわからないが、私のそばなら眠れずに朝を迎えることも、夢でうなされることもない」
 優しく語りかける声にアレクサンドルの肩が少し震える。
「私がいる」
「……。俺、……」
「うん」
「神に祈りに来たんじゃない。あなたならそのまま受け入れてくれるかと思って、あなたに会いに、俺は……」
「うん」髪に埋められた唇が直接熱を吹き込むように動く。「わかっているよ」
 様々な感情を堰き止める傷だらけの体が熱を持ち始めたのを、シャルマンはいくらか強く抱き直した。
「安心していい。サーシャ」
 崩れ落ちないようにか、逃さぬようにか、初めて名を呼ばれ男のシャツを握った青年の手に力がこもる。
「私のかわいい子猫」

2022.01.05 初稿
2024.02.06 加筆修正