彼は如何にして迷える子猫となったか 3
取りそこねた休憩分も兼ねて早々にロッカールームで着替えるアレクサンドルが、脱いだジャケットのポケットから音を立てて鍵束を取り出した。
(やっちまった)
立派な窃盗、とため息を付きながら、誰もいないその場でまじまじといくつかぶら下がる鍵とタグを眺める。鈍い色のそれらは色の割には新しいようで、使用も手入れもされていないことだけがわかった。タグには「北の教会」とだけ簡素に記されており、アレクサンドルは修道士たちのうわさの教会の、入り口のノブにかけられた重たそうな鎖と南京錠を思い出す。「北の教会」などと呼ばれる場所は他にないため、おそらくそこの鍵で間違いないだろうと推量する。
以前に何度か確認したものの、複数の出入り口はすべて施錠され、鍵のかかっていない窓もない様子だった。嫌に厳重な戸締まりと、窓から覗ける内部がその錠がぶら下がるより前とさほど変わらない状態に見えることから、無人の割にはかなり頻繁に手入れされているものと思っていたのだが、鍵の様子を見るにそうでもないらしい。
まだ大人になりきれていなかった頃のその教会の記憶が一緒にこぼれ出てくるのを、特段の抵抗もなく受け入れる。思い出の場所というには曖昧ではっきりしない記憶と、おそらく美化されているだろう鮮明な情景や印象が入り交じりぐるぐると浮かび、アレクサンドルはしばし冷たい鍵をもてあそんだ。
赤い瞳の美しい人。どこにいるともしれない、本当に存在するのかもわからないその人を探して北の教会を訪れたのは一度や二度ではない。もし存在するのならいつかはそこで会えるかもしれないと、たまに覗きに行ってはそもそもその場所に立ち入ることもできずなんの収穫もなく帰った回数をアレクサンドルはもう覚えていない。
取り壊されてしまうかもしれないとなったこのタイミングで手元にその鍵があるということは、きっとなにかの巡り合わせなのだろう。アレクサンドルはそうして自分の行儀の悪い行為に無理矢理大義を与えた。
(……まあ、今日明日ですぐ返せば大丈夫でしょ)
誰に聞こえるでもないのにそう頭の中で言い訳しながら、外したタグをロッカーにしまい込む。残った鍵束をコートのポケットに落とすといくつかの鍵屋とうまい返却理由を思い浮かべ、やかましい音を立ててロッカーを閉めた。
2022.07.14 初稿
2024.04.25 加筆修正