焼き立ての至福

「ただいま」
 こころなしか少し弾んだ声と、柔らかな香りを連れてその男は帰ってきた。
「おかえり。随分な荷物だね」
 見ると、抱えた紙袋からはみ出すほどのパンを持ち上機嫌に頬を染めている。いつもの黒いシャツとジャケットに落ちて飾りになった丶丶丶丶丶丶パンくずは気にならないらしく、うふふ、と笑って袋を抱え直した。
「市場の入り口を外れたところのパン屋さんあるだろ? ちょうど焼きたてでさ。しばらく迷ってたら沢山おまけしてくれたんだ」
 まだ温かい、あふれるほどのパンを我が子のように大事に抱えて、ここのパン大好き、と緩みきった顔でその匂いを堪能している。つられてこぼれる笑みをいくらか逃がすようにため息をつき、袋を離さない彼をそのままキッチンへエスコートする。
「どおりで遅かったわけだ」
「まだ食事の時間には少し早いけど、せっかくだから今一緒に食べよう」
「司祭様の仰せのままに」
 朝のスープが残っている、どの紅茶が合うだろうかとはしゃぐ姿に、どうしようもなく緩む顔の筋肉はもう隠せそうもない。

2021.12.20