私のかわいい子猫ちゃん 13

 一応、業務上の正当防衛っていう扱いなんだけどさ。うん。向こうはナイフ持ってて、女の人から引き剥がして地面に押さえ込んで。うん。巡視中で同僚一人しかいなくて、そっちは女の人保護して。うん。拘束したはいいけど、逃げようとして暴れるんだよね、当然だけどさ。そうだろうね。こっちも怪我しないようにナイフ持った手を押さえて。うん。暴れてるからってのもあるけど、バランス崩して体重乗ったみたいで。君は見た目より重たいからね。そうかな、あと、刃の向きも悪かったんだ。そうだね。加勢もちょうど来たところで、あとちょっと、間に合わなくて。うん。もう少し早ければ違ったかも。不運と偶然が重なったね。うん。君だけのせいじゃないだろう。でも、ボスや同僚ならもう少し上手くやったかもしれない。過ぎた仮定は君を追い詰めるだけだよ。うん、昨日は混乱してたからまだこうじゃなかったんだけど。その様子だったね。今はもっとああしていればとばかり。その時はそれが君が選べる最善だったのだろう。それしかできなかった。ならば君が責められることではない。あと、人を殺した罪悪感より、自分が人一人を簡単に終わらせられるという事実に驚きのほうが大きくて。うん。人間って俺でも殺せるんだなって思って、そう思ったことがショックで。うん。罪悪感よりも前にそんな無機質な感想が出て、人を殺したのに、そんな、こんなふうに自分のことばかり、俺がおかしいのかな、わかんない。人は自分のことしか考えられないものだよ。そうみたいだ、こうなりたくなかったよ、すごくしんどい。君は、ちゃんと君が望むように悔いているじゃないか、時間がかかったとしても。そうだけど、嫌なんだ、そう簡単に飲み込めない。だろうね、後悔とはそういうものだから。うん、そう、後悔してる、今は罪の意識も、やっと追いついた。君の行いで救われた人がいて、その瞬間は正義のためだったから、では、納得いかない? 人の命は正義を理由に簡単に損なわれるべきじゃない、人が人を殺していい理由はない。君がそう思うのなら、その時は別にしても、今の君は君にとって望ましい姿だろう。そうだけど。一つの幸福だ。そうかな、それでいいんだろうか。同族殺しはどの種も罪が重い。うん? だから粗を探し罪を作り正義を名乗り、同族ではなかったことにする。うん。常套手段じゃあないか、善人と罪人、天使と悪魔、そうやって争いを繰り返してきただろう、人間も。……そうだね。でも君は正義を言い訳にせず、責任を誰かに譲ることもしない、自らの罪を抱えようとしている。うん。それは幸福なことだろう、君にとって。……。君が君の罪を手放さない限り、君は在りたい姿を損なわない、これは祝福すべき事実だ。うん、そっか。それに。それに? たとえ君が変わっても、君は私のかわいい子猫のままだ。……ねえ。うん? 俺、ずるいと思う? ずるい? 祈るふりをして、あなたにならきっと否定されないと、否定できないとすがりに来た。……、人は何かにすがるものだし、君のその先が私だなんて、こんなに嬉しいことはないね。……、そう。こうやって私の存在がどんどん君の内側に入って、いつか私なしでは生きられなくなればいいと思っているよ。……。いつだって私が赦してやろう、君がそれを望むのなら、いいや、たとえ私の赦しを捨て、私以外の誰かのものになっても。なにそれ。ふふ、私はそう簡単に君を手放すつもりはないということだ。どうして? 今、理由が必要かい? いや、……いい。賢明な判断だ。……、あの、ありがとう。どういたしまして。……。それにしても、罪の意識に苛まれる君は眩しいな、食べてしまいたいよ。……、どういう意味? さあね。

 赦しを捨てることを許されたくないと願うのは贅沢だろうか、と、目頭の熱さをごまかし時折鼻をすする青年は包まれる温かさと香りに擦り寄るように身じろいだ。
 衣擦れと、お互いにしか聞こえないほど静かなささやき合う声だけが広がって消える。

2022.03.10 初稿
2024.02.06 加筆修正