私のかわいい子猫ちゃん 1

「アレックス、あいつどうしたのアレ」
「夜中に婦女暴行現行犯だと」
「それでなんであんなナリよ」
「現場にいた人間満場一致の正当防衛」
「あら、それで?」
「お相手の持ってたナイフでざっくり」
「そらァお気の毒さまだな。さっさとシャワー浴びさせて帰してやりゃいいのに」
「本人が気力の保つうちに処理しちゃいたいんだとさ」
「わからんでもないが。正義感と罪悪感ってやつかね」
「さあ。でもああいうやつだろ、あいつ」
「苦労が多いね、あいつも」
「今度酒でもおごってやろう」
「そうだな」

「もういい。必要な書類はほぼできてる。お前昨日の朝からほとんど寝てないだろ。さっさと帰って寝ろ」
 報告書を受け取ったボスにため息混じりにそう告げられるとアレクサンドルは黒ずんだぼさぼさの髪を払うように無意識で顔を振り、何度か強いまばたきを繰り返す。
「そうですね。早くシャワー浴びたいです」
 目立つ汚れを軽く水で洗い落し着替えたにもかかわらずまた汚れてしまっている襟元に本人が気が付いているのか否か、煩わしそうにちょうどそのあたりの首を掻いた。
「明日休みだろ。来なくていいからな」
 釘を刺すようなボスの声音に苦笑いをこぼすと、アレクサンドルは困ったように返事をする。
「さすがに起きられないです、眠れたらの話ですが」
 どう見てもくたびれた顔をさらにしわくちゃにし、酒買って帰ります、と付け加えるアレクサンドルを前に、度々そうして丶丶丶丶して眠りについている事実を知る上司の顔も同じく険しい。
「しばらく長期休暇も取ってないだろ、お前。落ち着いたらちゃんと取れよ。次の当番までにカウンセリングの手配しとくから」
「はい。お手数をおかけします」
 へらへらと浮かべた青年の笑顔の暗さに、壮年のボスが表情を曇らせる。
「ほら、さっさと帰れ」
 追い払うように手を振り、適当にデスクを片付けオフィスを出ていく後ろ姿をため息とともに見送る。
 この仕事に必須とされる責任感や正義感の強さはこうなると仇となるな、と、ボスは相性の良さそうなカウンセラーを思い浮かべながら、アレクサンドルと普段から交流のある職員に目配せする。見守る目は多いに越したことはないと、何人かがそれにうなずいて見せた。
 自分が初めてのときはどうやってそこから引きずり出てきただろうか。何年も前の記憶をなんとはなしに思い出しながら、彼は手元の報告書を開いた。

2021.11.17 初稿
2024.02.04 加筆修正