Breakfast Tea.

 灯りをつけずとも明るい朝のダイニングで、きちりと身支度を済ませテーブルにつく男の肩に重たい腕が巻き付いた。
「おはよう。相変わらず早いね」
「おはよう司祭殿。君は相変わらずお寝坊だ」
 ずしりと後ろから体重をかけられても少しも姿勢を乱さず、男は手元のティーカップと新聞を置く。まだ眠気を引きずったままの司祭は巻き付けた腕をとんとんと叩かれたのを合図に、男の肩から顔を覗かせ頬を合わせる軽い挨拶のキスを済ませた。
「それにしたって今日は遅いね。具合でも悪いのかい」
「いや、大丈夫だ」肩に手をかけたまま、唸り声を上げて隣の椅子に腰掛ける。「どこかの悪魔が昨晩の僕に酒を飲ませ、僕がすっかり眠っている間に目覚ましを止めたみたいでね」
 それを聞いて楽しそうに笑った男は、肩に乗せられた腕をまたとんとんと叩いて慰めるように優しく声をかけた。
「それは災難だったね」
「そう、災難だ。不可抗力。体は元気」
 はぁ〜、とわざとらしいため息をこぼした司祭をなだめ甘やかすかのごとく、今度は横からもたれかかる司祭の頭をくしゃくしゃと掻き混ぜる。抗議と批難の意でも込めているのか、その手にはぐりぐりと強めに頭が押し付けられた。
「気分は?」
「すこぶるいいよ」
 気楽に笑いながら目をしばたかせると、司祭は深呼吸とともに姿勢を整える。
「朝起きると、いつもおまえの淹れた甘い紅茶の匂いがする。どんなに夢見が悪くてもそれだけで随分気分がよくなる」
 朝のまだ柔らかな明るさの中でそう言って肩をすくめ、再度深く息を吸った。左様で、と男が機嫌よく片眉を上げ表情を作るのを司祭は少し眩しそうに眺める。
 司祭も満足したように一度腕を上げ背中を伸ばすと、今度は少しだらしなくテーブルに片肘をついて男を上目で見上げた。反対の手の指でコンコンコンと軽くテーブルを鳴らし、絡んだ視線を誘導するように男の目の前のティーカップに移す。
「ところでどこかの悪魔殿、その紅茶は僕の分もあるかい」
 カップに誘導された視線を戻しながら、男は仕方ないと言葉にする代わりにため息をつく。何もおかしなことは言っていないと主張する司祭の笑顔は不思議と魅力的だった。
「もうだいぶ冷めているから、新しいものを準備しよう」
「いや、おまえの飲みさしでいい。少し分けてくれ」
 男はまたため息を重ね、ポットから追加で紅茶を注ぎ少しのミルクと砂糖を加え、軽く混ぜてソーサーごとテーブルの上を滑らせる。だいぶ冷めていると言われたそれは甘い湯気をいくらか立てながら、肘をついたまま動かない司祭の前に差し出された。
「いくらでもどうぞ」
「これはこれは、どうもご丁寧に」
 一度わざとらしいくらいににっこりと笑った司祭はさっさとカップを持ち上げ、男の前に置かれたままの新聞に手を伸ばす。
「朝食もどうだい」
「当然だ」

2022.01.19