私のかわいい子猫ちゃん 4

 しんと静まり返った聖堂には耳を凝らさねば聞こえないほどの呼吸の音だけが残る。穏やかな表情の美しい男は、手の中の青年の顔をゆっくりと、幾度となく撫でる。待つともなしに次の言葉を待つアレクサンドルは目を逸らさずにそれを受け入れていた。
 やっと開いた口からは、たった一言、短い台詞がこぼれるだけだった。
「そう」
 いつもどおりの軽く、かと言って気安すぎない相槌を受け入れたアレクサンドルは、憑き物が落ちる心地で深く息を吐き出す。触れる手の感触は変わらないぬくもりを伝え、緩やかに時間だけが経過していく。
「立てるかい?」
 一通りアレクサンドルに触れ満足そうに笑うと、シャルマンはその日初めて気遣わしげに声をかけた。アレクサンドルが力なくうなずくのを褒めるためにまた頬をさする。
「この教会は特別でね。穢れたままでは入れない」
 反応を確認するための質問だったかのようにおもむろに話題を変えるシャルマンに、アレクサンドルは視線だけで相槌を打った。
「穢れない者か、救いを求める者だけが立ち入ることを許される」
 シャルマンは穏やかなため息とともにアレクサンドルの額に唇を寄せると、慈愛に満ちた表情で揺れる淡いブルーの瞳を覗く。
「君がどちらとみなされたかはわからないが、私にはどちらにも見えるよ」
 少しの動揺をその瞳に映す青年の返事を待たず、シャルマンは膝をつくその体を抱えるように前のめり、脇に落ちたジャケットを拾い上げた。
「ひとまずシャワーと着替えだ。ほら、行こう」
 そのままアレクサンドルの両の二の腕を持つと、半ば強引に引き立ち上がらせた。ぐらつく体を支えるために自らの体にもたれかけさせ、冷たい首を温めるようにアレクサンドルの襟元を撫でる。
「随分冷えているな。寒かっただろう」
 あなたは、どちらなのですか。
 浮かんだ問いは言葉にされないまま、アレクサンドルはその懐に収まり温かさと甘い香りに目を閉じた。

2022.01.05 初稿
2024.02.06 加筆修正