私のかわいい子猫ちゃん Épilogue
「先日は大変ご迷惑をおかけしました……」
クリーニング済みのシャツとアームベルトを入れた紙袋に最近流行りらしい洋菓子屋の菓子折りを添えたアレクサンドルが若干よそよそしい態度で謝罪と礼を述べる姿に、シャルマンは面白そうに喉を鳴らす。
「これはこれはご丁寧に、どういたしまして?」
にこやかな男にやましいことを隠す様子で目を合わせないアレクサンドルは、早く受け取ってくれ、と手元のそれを押し付けるように手渡した。前回とはまた違ったアレクサンドルの挙動の異常さに声を出して笑ったシャルマンは、からかいながらもアレクサンドルを部屋に促す。
「お茶、飲んでいくだろう。せっかくだからこれも一緒に食べよう。手伝ってくれ」
現れたその瞬間からずっと赤らめた顔をそのままに、アレクサンドルは緊張をにじませてブンブンと首を縦に振った。いつなにを言われるか戦々恐々としながらも大人しくシャルマンの後についてダイニングに足を踏み入れる。
「お好みのお茶はあるかい」
「……なんでも」
「そう?」
椅子の上に置かれた紙袋を目で追うアレクサンドルの様子を窺いながら、シャルマンが菓子折りの包装を解く。現れたいくつかの焼き菓子にも興味を示さないアレクサンドルの表情を横目でじっと見つめた。
「……、君」
「……っ! なに?」
声をかけられて驚く姿にシャルマンはふむとうなずきながら、菓子折りを渡して食器を準備していく。
「そんなに驚かなくとも。これ、皿に並べておくれ」
「ああ、ええ、はい。もちろん。任せてください」
ギクシャクと落ち着かない様子のアレクサンドルに背を向けてなに食わぬ顔で厨房に向かい、湯と茶器の準備をしながら、シャルマンはいつもどおりの口調で問いかけた。
「それ、役に立ったろう」
「はい?」
なんのことだと反射で返事をしたアレクサンドルが、すぐさまなにを言われているのか気付いた様子で固まった。
「私の服、いい仕事をしただろう」
「……なんのことでしょう」
ケトルを火にかけたシャルマンが振り返り、にっこりとアレクサンドルに笑いかける。菓子折りの箱を持ったまま固まったアレクサンドルの視線はテーブルの上で固定され、一向にシャルマンを捉えない。
「そうか。お気に召さなかったのなら残念だよ。本体でなければだめだなんて、私の子猫は案外こだわりが強くて気難しいようだ」
顔どころか耳も首も手も赤く染め微動だにしないアレクサンドルの様子に、シャルマンがクツクツと喉を鳴らした。「次からは善処しよう」というシャルマンの言葉にとうとうアレクサンドルが羞恥でしゃがみ込み、どうしてバレてるんだよと小さく呻り始めるまで、シャルマンは機嫌良く鼻歌交じりに紅茶と茶器を選り分ける。
2022.03.23 初稿
2024.02.06 加筆修正