見出し画像

散歩

その男は散歩をするときには、必ず電車に乗って降りたことのない駅で降りるのが日課だった。

そして何も調べず,足の赴くままに駅を飛び出し,行くあてもなく歩いてみるのだそうだ。

見慣れない景色に囲まれると、散歩しているときの心の待ちようで,普段は見えないものが目に留まるようになるのがたまらなく楽しいらしい。




駅をでて最初の角で信号待ちをしていると,土地勘のない彼よりも行くあてがなさそうなやつがいた。

生気のない白い顔,禿げあがったおでこに落武者のような髪をたなびかせながら,そいつは萎びた葉っぱのマントに身を包んで,道に横たわっていた。

見るものによって姿を変える何か

少し変色しているから,滞在時間も長そうだ。きっと僕よりはこの街について詳しいだろう。

前方の人の流れに慌ただしさを感じたので,急いで写真を一枚だけ撮影した。

「バッテリー残量が低下しました」

スマホの画面に表示された注意書きを横目に,点滅する青信号を駆け足で渡った。




歩き疲れたので,ベンチを求めて公園に入った。平日の日中は公園のメインユーザー層である小学生が学校に出払っているため,犬の散歩をする人やベンチで談笑する老女子会など,年齢層が高い。

公園の反対側の入り口に聳え立つ木に目をやった。一本だけ幹の太さから違う。この木の根本であれば日陰にもなっているし,樹齢もありそうだから根本の座り心地も地面に直接座るよりはマシであろう。

秋の雰囲気を醸し出す

そう思ったが,近づいてみると木の根元は期待に反してかなりゴツゴツしていた。

しかも,まだこんなに暑いというのに枯葉が堆積していて,秋の雰囲気さえ醸し出している。

「…」

しかし疲れていたので,少しの逡巡のあと,結局根本に腰を下ろした。

あんまり歩いてないのに結構疲れていた。




コケボーボーの幹

どれくらいたっただろうか。

なんとも不用心なことに,木の根元でうとうとしていたら眠っていたらしい。

顎をさすると朝剃ったはずの髭も顔を出し、黒々とした感触が伝わってくる。

一日とツルツルが持たない新陳代謝の良い体がこの瞬間はいつも少し恨めしかった。昼間には気にならなかった幹を覆うようなコケが目に入るのも、きっと髭のせいに違いない。

そろそろ帰ろうと思う。




閑静な住宅街を練り歩く。

道の脇に立つ標識は,この道が通学路であることを声高に主張していた。

もうすぐ子供の声が響く予兆を微塵にも感じさせない嵐の前の静けさの中でも,西の方から差し込む夕陽は時間を忘れさせてはくれなかった。

最寄駅を検索するためにスマホを取り出したが,電源がつかない。

知らない間に充電が切れていたようだ。道がわからず途方にくれたが,ちょうど顔を上げたタイミングでボロアパートから買い物袋を下げた女性が出てきて目があった。

これ幸いと、道を尋ねようと歩み寄ったそのとき,




頭に何かが落ちてきた。

頭上からアヒルが落ちてきたのだ。よく状況が飲み込めない。

恐る恐る頭上に目をやると,小学生くらいの男の子が黄色いアヒルを片手にブンブンとこちらに手を振っていた。




写真提供:おかぴさん(@ziyuzinblg

見るものによって姿を変える何か
秋の雰囲気を醸し出す
コケボーボーの幹
青いアヒル

10月10日追記:
おかぴさんが朗読してくれました!嬉しい!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?