セミファイナル
夏のお出かけは戦地に赴く兵士の心持ちでいかなければならない。
予定の1時間前に起床すると、1時間後にはまた汗だくになるという事実に目を背け、シャワーで就寝時間の汗を洗い流した。
家を出る前に冷蔵庫でキンキンに冷えた麦茶を飲み、日除けのバケットハットを深く被る。
よしと心の中で一呼吸おくと、内鍵のサムターンを回し、ドアノブを捻った。
途端にうだるような暑い空気がドアの隙間から流れ込む。ああ、やっぱり暑い。
灼熱の太陽のもとへ自分が馳せ参じなければいけない日中のスケジュールが心底恨めしかった。
しかし、いれてしまったものはしょうがない。
エレベーターを呼ぼうとボタンに手を伸ばしたその時。
「!!!」
後ろから何か未確認飛行物体が背中に突撃してきた。パニックになる僕。
被っていた帽子を振り回し、見えない敵と応戦の構えを見せる。
未確認飛行物体は何度か壁との激突を繰り返し、空高く舞い上がった。
蝉だ。
ゴキブリのコードネーム「G」に習って、飛行物体「S」とでも呼ぼうか。
夏の暑さに音響面で拍車をかけるオーケストラの一員でもあるやつは、土の中で過ごした鬱屈とした日々を晴らすかのように空を旋回すると、またこちら目がけて突進してきた。
帽子を構え、狙いを定める。
パンっと乾いた音を立てて、帽子は見事、セミをはたき落とした。
床に転がったまま動かない蝉。
誰に気遣っているのか自分でも分からないまま、足音を殺してエレベーターに近づくとボタンを押した。
振り返って動かなくなったSを見やる。
とその時、羽をばたつかせたかと思うと、再び突進してきた。パニックになる僕。
そのままなす術もなく突撃をくらい、逃げ場を失った僕はそのまま後ろに大きく尻餅をついた。
エレベーターの扉が開く音がする。幸いなことに誰も乗ってはいなかったようだ。こんな情けない姿をお隣さんにはみられたくない。
Sはその後もバタついていたが、しばらくすると二度とうごかなくなった。
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