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富士フイルムX‐pro3発表にあたって / デジカメは私の体の一部になるか
🔷富士フイルムX-pro3の発表
カメラメーカーとしての富士フイルムのマニアは、2019年10月23日を心待ちにしていた。約1カ月前にメーカーの開発部門から、現行機X-pro2の後継機となるX-pro3の概要が発表になり、「詳細は23日に公表」とされていた。富士のカメラを何台か使っていて、交換レンズを何本も持っている私も、この機種に注目していた。
というもの、この新機種は写真愛好家の間では賛否がはっきり分かれる構造を持っていた。それはメーカーが事前に明らかにした「背面液晶をなくす」という方針だった。
🔸X-proシリーズ
このX-proというシリーズは、昔のライカ型のレンジファインダーカメラ(のぞく窓があるカメラ)であり、速写性よりもじっくり構えて取る姿勢を貫く機能に特徴があった。露出やシャッタースピード、露出補正等のフイルム時代からあるカメラの機能は、機械的なダイヤルで調節するようになっている。感覚的に手で要素を変えることができるのは、昔のマニュアルカメラに慣れている世代にはとても使いやすい。撮ることに集中できるため、一部のフィルム時代からのカメラマニアには根強い人気がある。
デジカメの背面には液晶がある。現在はほぼすべてのカメラが、背面液晶を見ながら撮影できるようになっている。富士はこれをなくしてしまったのだった。正確には、裏返しに設置していて普段は見えない。必要な時は蝶番を蓋のように開いて「上から見下ろす」または「カメラの下方向に完全に広げて使う」構造にしてしまった。「撮影する時は、昔のカメラのように覗いて見るファインダーを使え」、ということだった。
今のカメラの背面液晶は、写す対象を見るだけでなく、様々な機能を表示したり変更したりという役割を担っている。映像と情報を同時に見て撮影する方式になっているのだ。
また、液晶を使って撮った映像をその場ですぐに確認でき、必要に応じて撮り直しをするのがデジカメの使い方だ。これがフイルムカメラと比べた最大のメリットなのだ。
富士フイルムは、その背面液晶を蓋のようにして隠すことで、この機能を使いにくくしてしまった。
時代に逆行する暴挙であり、「シャッターチャンスを逃す」、「使いにくい」という評価が全世界から上がった。
一方、「カメラを顔から離して液晶画面を見ながら撮るのではなく、ちゃんとファインダーを覗いて撮れ」という写真の原点に立ち返る意図が富士にはあり、「液晶を見たい人にはそのような機種も用意されているのでそちらを選択すればよい」という主張なのだ。
そして「撮った写真は家に帰ってからゆっくり見ろ」と言う。「日本独特の切り捨てる美学」と自ら言っているらしい。この目論見は新しい体験を提供して大当たりするのか、マニアとの間にさえも大きなズレを生むのか。
一方、私の中には、「ファインダーを覗きながら考えて撮る」という写真体験が原点にある。このカメラは、その感覚を取り戻せる可能性を持っている。このことを少し書いてみたい。
🔷フィルムのこと
かつて、写真用のフィルムは、富士フイルム、コダック、コニカの大手3社が主流だった。そして3社の間にもそれぞれのメーカーの色表現の特徴があった。また各メーカーはネガ、リバーサル(スライド)、白黒用を数種類ずつ出していて、さらにフィルムごとに高精細(低感度)から粗粒子(高感度)まで十種類くらいのフィルムを作っていた。
○カラーフィルム
カラーフィルムは色再現の技術的な難しさがあって、各メーカーの得意な色があると言われていた。忠実性とは逆に、現実とは違うあせた独特の色合いを特徴にしているものさえもあった。
○リバーサルフィルム
リバーサルフィルムは色の再現性はとても高かったが、写し込める光の許容量(明るさの幅)が小さいため、明るすぎると白く飛んでしまい、暗い部分は黒くつぶれる特徴があった。だから、厳密な光の読み取りとカメラの設定が求められ、写真を勉強する際に良いとされていた。
○白黒フィルム
色のない白黒フィルムでも、フィルムの感度と画素の粒の大きさの他にも、同じ感度のフィルムにも画像の粒の輪郭が立っているかや柔らかいか、白黒のコントラストが強いか灰色のトーンが豊かかなどの特徴があった。
このような特徴を前提に、撮影する対象と条件、さらに自分の感覚に合ったフィルムを使い分けるのが、写真の初歩と言われていた。
🔸富士フイルムのカメラ
富士フィルムはフィルムメーカーとしてのこだわりで、デジタルカメラにもフィルムの色再現を模した撮影モード「フィルム・シミュレーション」を十種類以上組み込んでいる。
これに、明るい部分、暗い部分のトーン、色の強弱、シャープかソフトか、ノイズを残すか、色温度設定、フィルム感度、光の許容値の幅、無限のカラーバランスを組み合わせて設定して、7種類まで登録できるようになっている。これが奥深く、この機能を使って撮りたくて富士フィルムのカメラを使う人が多い。
私も、レンズの描写とともにこの「フィルム・シミュレーション」が気に入っていて、ここ十年くらいは富士フィルムのカメラを使っている。
当時は、写真屋にフィルムを出して現像されるまでは、撮った結果を見ることができなかった。今のデジカメのように、撮った画像を液晶で確認して撮り直すことはできなかった。
また、カラーネガフィルムは24枚撮りが540円。フィルム現像料が400円、プリント料が一枚15~40円した。リバーサルフィルムは現像料が約1000円、プリントは1枚130円だった。
こんなふうに、写真1枚ずつにお金がかかっていた。またフィルム1本の撮影コマ数24枚か36枚と決まっていて、その都度フィルム交換が必要であり、手持ちのフィルムの予備がなくなれば撮影は終了だった。メモリーカードの容量一杯まで数千枚撮れたり、容量が足りなくなれば不要な写真データを削除すればいい現在とは、状況がまったく違っていた。
このような理由から、写真を撮る際には一回のシャッターで正確に意図したとおりに場面を切り取る必要があった。また、わずかな手振れを防ぐためにも、自然に気合と念を込めてシャッターボタンを押すようになった。これらの真剣さが撮影技術を高めたし、ファインダーの中で考える習慣が身についた。
🔹考えて操作するカメラ
また、カメラには今のような自動化の技術はなかったので、まずはピントを手で合わせる必要があった。
その後、全自動の撮影モードはなかったので、カメラの中の露出計の目盛りを見て、光の強さを判断して、絞りとシャッタースピードを意図した設定に合わせる必要があった。各カメラの光の測定の特徴(範囲と重点傾向)を知った上で、フィルムの許容値をイメージしてその範囲内に明暗を収める。
手振れしないシャッタースピード以上で、かつ絞りによりピントの合う深さが変わるため、意図したピントとボケが得られる絞り値を決める。
スナップ写真でも、一瞬でこれらを全部行いながらシャッターチャンスを逃さないようにする訳で、ずいぶん大変なことをやっていたなと思う。
一方で、ピントを合わせ光を見るプロセスの中で、自分は何を見て何を撮りたいのかを考えていた。ファインダーをのぞきながら、自分の意図を考えざるを得ないのだった。
🔷体の一部のような道具として
こんなふうに、繰り返し「一瞬で、感じ、考え、操作する」を繰り返していると、カメラを自分の体の一部のように操ることができるようになった。一瞬で思い通りに光や色をフィルム面に定着できた。
デジタルカメラではこの感覚が失われた。感覚的につかめなくなり、写真を撮る行為そのものが変わってしまったし、その感覚は二度と戻らないものと諦めていた。
今、改めて感じる、私が生きている空気や、光や色や気持ちを写真に載せたい、空気を封じ込めたいと思う。私が、何を見て、どんな風に感じていたのかを残したい。
それで、体になじむ道具としてのカメラを探している。
かつてのようにファインダーをのぞく新しい機種が、私の体の一部になれるかどうか。
私はこの可能性のために、たぶんこのカメラを手に入れるだろう。
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文 Ⓒ2019 青海 陽
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