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日経WOMAN 女性の手帳特集号を読む【3】
3.日経WOMAN 手帳特集の変化
ネットで、ここ数年の日経WOMANの手帳特集号への評価を見ていると、厳しい意見がいくつも見られる。
「そろそろこの企画も飽きた」
「毎年だいたい同じ内容」
「意識高い系の手帳はつまらない」
「ルーティンワークの人にはいらない」
「毎日手帳にそんなに時間をかけられない」
「手帳が趣味か」
女性誌の手帳特集は、理想を思い描き、夢を叶える道筋を想像する楽しい企画である。その一方で、もう、理想と目の前の現実とのギャップが、埋め切れなくなっているのではないか。
(1)現実路線への変更
これまで、手帳特集の中には、ほぼ毎回、「あこがれのあの人の手帳」という企画が含まれてきた。当初は、スタイリスト、アナウンサー、エッセイスト、起業した女性、トップ営業、銀座のクラブのママ等が取り上げられていた。キラキラ感にあふれた企画であった。
ただ、記事を読み込んでいくと、「手帳で夢をかなえた」というよりは、仕事の目的で
手帳をツールとして活用する必要があったように見える。また取り上げられている中には、男性と変わらない「武器」的な手帳の使い方をしている女性もいるが、企業内で総合職的な働き方をしている人である。
この企画が、近年は徐々に現実路線に変更されている。手の届かない憧れの人から、副業を実現した人、資格取得に成功した人、管理職、営業事務、ワーママ等の現実的な路線に変わってきている。それは、冒頭にもあるように、読者に、特集のキラキラと現実とのギャップが見えてきているからだろう。
(2)女性の就労環境の推移
手帳には、男女の働き方や、生活の差が表れているのではないか。女性の多くは、決して理想的な働き方をしてはいないのではないか、と考えた。そこで、雇用情勢に関する記事を探して読んでいると、次のような文章に行き当たった。
書いたのが、フェミニズムの論客である上野千鶴子であることを差し引いても、現実は概ねこれに近いのではないか。概要は以下のとおりである。
(1)男女雇用機会均等法以降の女性の就労状況
・1985年の男女雇用均等法制定から36年、働く女性の地位は上がっていない
・企業は雇用における女性差別を、総合職と一般職というコース別人事管理制度を導入する「雇用区分差別」に置き換え、実態をほとんど変えることなく「機会均等」を実現し、切り抜けた
・長引く平成不況の間に一般職は解体され、彼女たちは、不安定な非正規労働者に置き換えられた
・労働力減少対策として、女性の雇用が拡大し、生産年齢人口の女性の就労率は、EUやアメリカを抜いて7割まで高まったが、内訳を見ると、働く女性の約6割は非正規である
・少しずつ総合職の女性も増えが、女性の大学進学率の急上昇に伴って、大卒女性の採用が増えた結果である。その中で「意欲と能力の高い女はちゃんと使い物になる」ということを、企業が学んだにすぎない
・総合職女性と男性は平等ではない。均等法は「機会の均等」を目的としている。女性にも男性と均等に機会を与え、男並みに競争をして勝ち抜けと。職場での女性差別をなくすという「結果の平等」とは、まったく異なる
・雇用モデル自体が、男性に歩のある出来レースになっており、機会の均等を与えられた女たちが男並みに競争はできない
・結果としてこのルールのもとで競争して生き延びた女性たち、「女性初の〇〇」に就任している均等法1期生の特徴は、第1に婚姻率が低い。第2に子どもを産んでいない人が多い。そして第3に、子どもがいる場合でも、母親が育児を手伝ってくれるなどの、育児資源があるなどの特徴がある
(2)ワーキングマザーへのしわ寄せ
・2000年前後からは、「ワーキングマザー」が一般的になったが、その毎日は過酷
・1991年の育児休業法が成立以来、出産後も就労継続する女性が増え、該当者の9割の女性が取得している。一方、フルタイムで働く子持ち女性が何を犠牲にしているかというと、自分の時間資源。結果、家事労働を含めた女性の総労働時間は、どんどん増えている。ワーキングマザーは、本人たちの負担増で支えられている
・諸外国での女性の労働力化が進んだのは、育児というケア労働をアウトソーシングする仕組み作ったから。その1つが公共化、2つ目が市場化
・ワーママは、社内で「二軍」に下り、多くは男性と同じ出世ルートには乗れない
・育休明けのワーキングマザーを待ち受けているのは、配慮という名の差別。ジェンダー研究者はこれを「マミートラック」という概念で表した
・戦力外通告により、女性の意欲は冷却され、企業にとっても損失をもたらす。これが、経済学でいう「外部不経済」、市場の外にある大きな損失。女性の能力の無駄遣い
・男女平等を実現するための最大の問題は、妊娠、出産、育児というケア労働を、市場がどのように評価し、雇用制度に組み込むかであり、この問題に、多くの企業はまだ答えを出せていない
(3)日本の行く末
・金融市場では、投資家にとって魅力的な企業、すなわち利益率が高い企業に投資が集まる。最近ではSDGsに配慮する投資家も増えてきて、差別型企業にとっては不利となる。日本企業は消費市場、金融市場、労働市場からNoを言われる
・女性にすべてのしわ寄せがいく中で、当然出生率は下がる。日本と極めて似た韓国での出生率は0.84。昨年日本は1.36だがCov‐19により下がると予想される
以上、「日本の女性の地位が今なおここまで低い根本要因」上野千鶴子
(2021/06/08東洋経済オンライン)の要約
手帳特集に見られる、切実な夢や時間管理術の向こう側には、女性に不利な就労システムがあることをが、透けて見える。
ただし、だからといって、女性が虐げられていて暗く沈んでいるか、鬱屈しているかといえば、そうは見えない。そこに、大きな強さと可能性があるような気がする。
4.創刊号(1988年)からの変化を俯瞰する
再び日経WOMANに立ち返ってみる。
この雑誌は、1986年の男女雇用機会均等法施行の2年後、1988年に創刊されている。改めて資料を検索していて、当時を象徴するような画像を見つけた。
また、2009年に、私と同様な視点で日経WOMANの変遷に注目している、一橋大学学生の論文を見つけた。ネット上ではサマリーしか読むことができないが、当時の時点での女性と就労の変遷の概要を示しているので引用する。(この章の枠内は同サマリーからの引用、ただし画像をのぞく)
働く女性の変遷記~雑誌『日経WOMAN』の表紙分析から~
男女雇用機会均等法が施行された1986年から二十数年が経つ現在、働く女性を取り巻く環境は目まぐるしく変化している。女性は家庭に入るのが当然だった時代から、職場の花としてもてはやされた時代、そして、男性と平等に扱われるようになる現代まで、女性は多くの困難とぶつかりながらも、ようやく職場での地位を得つつあると言えるだろう。本論文では、そのような「働く女性」をターゲットとし、現在まで21年間休むことなく発行されてきた女性向け月刊誌『日経WOMAN』に着目し、その表紙を分析することで、働く女性が求める情報、彼女たちを取り巻く環境の変化、そこから読み取れる今後の働く女性の在り方を考察した。
まずは、過去21年間の『日経WOMAN』の表紙分析をもとに、そこから見られる変化を挙げた。(1)働く女性に対する呼称の変化、(2)表紙タレントの変化、(3)記事ジャンルの変化、の3点に着目することで、表紙上の変化を明らかにし、結果的に働く女性がどのように変わってきたかを考察している。『日経WOMAN』創刊から現在までの21年間を3つの時期に分け、それぞれの時期における特徴をまとめると、その変化は歴然である。
(1)男女雇用機会均等法直後
(1988年~1994年)
日経Woman創刊号(1988年5月号)
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まず、創刊時の1988年から1994年の「バリキャリ期」は、均等法施行直後で、男性と肩を並べて働くことが目指された。記事の比重は主に「仕事・職場」または「財テク」におかれていた。外国人キャリアウーマンに憧れ、管理職を目指してバリバリ働き、ある程度の年齢で結婚退職する像が理想とされていたことがわかる。
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(2)「OL全盛期」(1995年~2002年)
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1995年から2002年の「OL全盛期」では、OLたちがPC関連のスキルや英語、習い事などに関心を広げ始める。『日経WOMAN』の記事も、そうした「資格」や「レジャー」のジャンルが増加していく。また、晩婚化が問題となり始め、結婚しない生き方にも焦点が当てられている。バブル崩壊でリストラが厳しくなる中、どうにかして会社で生き残っていこうとするOLたちの姿がうかがえる。
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(3)「ワーク・ライフ・バランス期」
(2003~)
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2003年から現在(2009年)までの「ワーク・ライフ・バランス期」では、少子化対策の一環である政府の政策に伴い、仕事と生活の調和が重視されるようになる。働く女性の増加に伴い、その働き方も多様化している。誌面上では、そうした様々な働き方を紹介する記事や、誰もがどんな時にでも使えるコミュニケーションスキルや日々の習慣を指南する記事が増加する。仕事か生活か、どちらか一方ではなく、両方のバランスを取って長く働き続けることこそが理想とされてきていることがわかる。
(以下略)
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この章内の引用部分、佐藤怜奈「働く女性の変遷記~雑誌『日経WOMAN』の表紙分析から~」サマリー
http://www.inabalab.net/wp/?page_id=423
5.思うこと
今回の記事では、手帳の向こう側に見える、社会情勢や女性の就労状況を含めて、その変遷を追ってみた。手帳は、ただの時間軸が書かれた紙だが、生活のあり方、おかれた個々の状況によって、紙に書かれることが違うのは当然である。とかく手帳の差に目を奪われていたが、女性の生活の違いと、その中で培われた独自の手帳の使い方は、男性のそれとはまったく違う文化として、進化しているのではないか。
次回は、ここ数年の手帳特集の変化と、女性の手帳「文化」に見られる強みを中心に、これまでの記事をまとめる。
以下に、今回の記事と関連する年表を重ねてみた。社会情勢とICT関連の主な出来事に、女性手帳と日経WOMANの変遷を加えると、以下のようになる。うっすらと、変化の潮流が見えるように思う。
1986 男女雇用機会均等法
1988 日経WOMAN創刊
”バリキャリ期”
1990 株価暴落(バブル崩壊始まり)
1991 育児休業法
1992 不動産価格暴落(バブルの社会問題化)
1995 Windows95にインターネット接続機能搭載
日経WOMANにPCスキルや習い事の特集が増える
”OL全盛期”
1998 女性を想定した能率手帳キャレル検討スタート
モレスキン復刻
1999 佐々木かをり イーウーマン設立
携帯電話のインターネット接続サービス開始
(ドコモiモード:メール送受信、Web閲覧)
2000 能率手帳キャレル発行
2003 『夢をかなえる人の手帳術』(藤沢優月)
日経WOMAN 多様な働き方の記事が増える
”ワークライフバランス期”
2004~ 女性手帳の大判化
mixiサービス開始
2005 『佐々木かをりの手帳術 アクション・プランナー』
インターネット人口普及率7割を超える
2007 YouTube日本サービス開始
2008頃 女性向けバーチカル手帳が増え始める
日経WOMAN 手帳特集が定番化
iPhone日本発売
Facebook、Twitter日本語版サービス開始
2009 Android搭載携帯発売
2010 ハンズ手帳(バーチカル)発行
「女子会」
2011 LINEサービス開始
iPad日本発売、ドコモスマホ発売
東日本大震災
2012 日経WOMAN 時間管理術の特集が増え始める
2013 メルカリ サービス開始
2014 Instagram 日本語版サービス開始
2015 手帳のフォーマットとデザインの多様化
日経WOMAN 手帳の選び方の記事が定番化
2017 TikTok開始
2018 PayPayサービス開始
(つづく)
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文 :Ⓒ青海 陽
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