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本『ぼくの絵本じゃあにぃ』荒井良二

 荒井良二は、私が好きな絵本作家の一人です。今まで何度も買っては人にあげてしまい、私の手元には彼の絵本がほとんど残っていません。
 この本は、荒井良二が彼の創作活動のスタンスについて書いた本ですが、意外にも仕事のやり方の大きなヒントを教えてもらうことになりました。

 

  大好きな絵本ベスト5を選ぶとしたら、私は間違いなく、荒井良二の『そりゃあもういいひだったよ』を入れると思う。
 この絵本を初めて読んだのは5~6年前だったが、とにかくメッセージが、まっすぐかたまりで私の気持ちにやって来た。主人公の素直な思いがあまりにも健気でまぶしく、うらやましくもあり、泣きたくなった。かつてそんな思いを持てていた自分、何かを失ってしまったのかもしれない自分を思った。
 荒井良二の作品を読むといつも、そんな切ない気持ちになる。

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 荒井良二は、1990年に最初の絵本を発表して以来、現在までに100冊以上の絵本を描いている。また、保育園や子供センター等でのワークショップやライブペインティングなどを、全国で行っている。
 彼は、絵本作品では、絵の中に説明的に字を書いてしまったりする。ライブペインティングでは手に絵具をたっぷりつけて、自由なタッチで自分の背の高さほどの紙に、自由奔放なタッチで大きく色を塗っていく。紙だけでなく、時にはバスにペイントしたりもしている。その子供のような自由さから、私は「子供らしさ」が彼の表現方法なのだと、とても浅くとらえていた。

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 しかし、彼の著書『ぼくの絵本じゃあにぃ』を読んで、私の先入観はまったく的外れだったことを知った。

 現在は絵本作家のイメージの強い荒井良二だが、最初は絵本から絵に入ったのではなかったという。絵本作家になる前には、広告などのイラストレーターをしていたことを、私は初めてこの本で知った。

 イラストレーターとは、「仕事を依頼された時には、自分の絵のどういう部分が求められているかを素早く判断して、『じゃあ、こうですね』と描ける『打てば響く人たち』」であるという。要求に正確にキッチリ答えらえる人、要求を把握して提案できる必要があるという。自由奔放に描いている彼の絵からは、全く想像できない言葉だ。彼はそのような厳しさの中で仕事をしてきた人だった。そんな基礎と緻密な計算の下に、現在の表現があるのだ。

 また、絵本を描き始めた頃に「子供向け」というテーマで行き詰まり、結局立ち返ったのは、子供の頃の自分が何に喜んでいたかを、紙に書き出しながら考える作業から始めることだった。かつての自分を喜ばせるようなものを描けばいい、つまりは、子供は未来の大人であり、大人はかつての子供。だから子供のために描いていたのではなくて、過去・現在・未来に存在するすべての子供たちに向けて描くのだとわかったという。
 実際、多くの人は「誰のために描くか」を突き詰めて考えていない人が多い。ぼんやりとしか考えておらず、自分の好きに描いているだけの人が多いのではないかと、荒井良二は書いている。

 クライアントの要請、依頼理由の客観視、的確なニーズ把握、提案、絵本作家の言葉でありながら、すべての仕事に求められる方法論を正確に語っていると思う。そして、ターゲットとターゲットニーズの精査、特にターゲットは漠然とした層ではなく、どんな暮らしをしていて何に興味があってどんなことを考えているかまでを具体的に想定した、いわゆるペルソナ像なのだと思う。

 彼の言う厳しい仕事感覚はいいな、と思う。同時に、個人事業でこの感覚を磨き続けること、保ち続けるのはとても難しいのではないかと想像した。
 読み進めると、このことへのヒントが書かれている部分があった。絵本の構想についての文章で、長いのだが、面白いのでそのまま引用する。

「絵本の地図」の作り方
 最初の地図は意外に思われるぐらいきちんと用意してから描き始めます。ぼくは絵本を作るとき、まず「絵本の地図」をつくります。最初に思いつくままの言葉を、とにかく全部紙に書き出してみるのです。(略)
 この「絵本の地図」は、絵とストーリーを構想するためのものというよりも、これからつくる絵本について、ぼくが考えていることをすべて書き出しておくためのものです。電話をしながら書くメモみたいなものです。「詳細はまた後日」という感じのメモなので、深く考えずにいろいろと書き出します。重要なことがあるとしたら、どんなパターンの本がつくりたいかを書いておくことでしょうか。「繰り返す絵本」とか、抽象的でいいのでイメージしておきます。なぜこういうことをするかというと理由は二つあります。ひとつは発想のための道具として便利だからです。例えば、先ほどの「繰り返す絵本」でいえば、そう書いておくことで、「繰り返すということは赤ちゃんの絵本か?」「いや、そうしたくない。じゃあそれはどういうこと?」というふうに、考えを深めていくきっかけになりやすいのです。連想していった結果、自分でも思いがけない要素が出てくるときがあります。さらに要素を書き出しておくことで、それぞれの要素同士について「ここはつながるな」とか「ここはつながらない」とか、関係性がパズルが解けるように不意にひらめくときもあります。そういう意味では、「絵本の地図」の一番の意義は、頭の中にある設計図を客観的に見える形にしておくことだと言えるでしょう。ちなみにぼくは「絵本の地図」には絵はあまり描きません。ビジュアル先行になってしまうのはよくないと思っているからです。「トラック」とか「バズ」とか、「男の子」とか「女の子」とか、登場するものや人物の設定めいたものは書きますが、この場合も具体的なシーンはあまり想像しないようにしています。絵を描く人に失礼だからです。もちろん、絵を描くのも当然自分なのですが、ぼくの場合はまず設計図を用意する自分がいて、次に「さあ、絵を描く人とうぞ」という感覚なのです。もうひとつの理由は、(略)こうやってメモをつくっておかないと、絵本をつくっていることさえも忘れてしまって、どんどん枝葉がついて小説のように壮大な物語になってしまったり、映画のように映像的になってしまったりする恐れがあります。だから「絵本の地図」にわざわざ「絵本」と大きく書いたりするのも、これからつくろうとしているものが絵本であることを忘れないようにするためです。一番最初につくるこの「絵本の地図」を時々見ることで、最初の思いに戻るというわけです。
 次につくるのは完成予想図。つまり、ラフです。(略)タイトル以外に、絵本の文章や構成もこのとき同時に考えます。だから、ラフを作る作業はものすごく大事です。ちなみにぼくの絵は一見、ササっと描いたように見えるので、ラフも適当なんじゃないかとよく誤解されますが、じつはかなり細かく描きます。ラフや、編集者や出版社に向けて、「ぼくはこういうものを描くよ」という意思表示でもあるので、誰が見てもなるべくイメージしやすいようにしておく必要があるからです。
 ラフをつくる作業は、版画でいえば版下をつくっているのと同じです。「きっとこうなるだろう」と想像しながら完成予想図をつくっているときが、何事も一番楽しいですよね。こうして、あとは絵を描く荒井良二くんに「お願いします」という感じでバトンタッチします。このときに大事なのは、絵描きの荒井良二くんを困らせるぐらいの文章と構成を考えておくこと。「え!なんで」と彼が驚いて困ってしまうような文章と構成がほしい。

以上、『ぼくの絵本じゃあにぃ』(荒井良二 著)より引用

 求められる条件を精査した上で、自分の中にそれらを一度取り込んで、それからアウトプットしていく。その際に、絵本製作では二人以上で行うことも多い作(構成、物語、セリフ作り)と画(絵を描く)を、荒井良二は一人で行う。その際に、自分の中で明確に役割分担をするのが面白い。

 作者は絵を思い描かないようにしながら、限りなく言葉で意図を書き表す。それは自分のためであり、絵を描く人のためでもあるという。その際に、絵描きが困る、驚くくらいに文章と構成を考えておく、という要求水準の上げ方も、次の段階での自分との対話ではいい方法だと思う。
 作者は、作品の意図をそこまでして突き詰めて、伝わるように言葉にする必要がある。ここでは、言葉にならない思いは余り意味をなさない。
 同じように絵描きは、ラフを細かく描き込む。形にできないものは人に見せることができず、理解してもらうのは難しい。

 仕事において、特に構想したり構成する部分について、「アイデア」という呼び方で端から作り込み始めてしまうことがある。この時の「アイデア」は思いつきにすぎないのだ。どんな作業も、詳細に設計図を練り直し、完成が予想できてから始める必要があるし、それができるはずだと彼は言っていると思う。
 また、自らと対話すること、自分に指示書を出すこと、自分に計画を出させることで、独りよがりにならずに作業の水準を高めていけることがわかる。


 感性に訴える彼の本から、緻密な具体的なことを教わったのが意外だった。そして製作者の意図を知っても、彼の本はまったく色褪せないだろう。逆にその場面とその絵が明確な意図をもって構成されていることを知った時には、その意味を重ねて考える深みが生まれる。
 「感性に頼っているので、特に意味を訊かれても何も答えようがありません」という作家よりもずっと、血が通ったメッセージを丁寧に伝えてくれているように思えるからだ。

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文 :Ⓒ青海 陽
引用:荒井良二 著 『ぼくの絵本じゃあにぃ』NHK出版 2014

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青海 陽
読んでいただき、ありがとうございます!☺ かつての私のように途方に暮れている難病や心筋梗塞の人の道しるべになればと、書き始めました。 始めたら、闘病記のほかにも書きたいことがたくさん生まれてきました。 「マガジン」から入ると、テーマ別に読めます(ぜんぶ無料です)🍀