小説 | プリズム
目を閉じて、眠ったふり。
いつからだろう、頭の中に空洞ができた。そこに届いた光は、乱反射して暴れ回る。
頭の中はちいさな部屋のようになっていて、光があちこちぶつかると、嫌な音を立てて、不快な振動を起こす。それを感じるのが怖い。
だからわたしは、今日も目を閉じている。
上等なベッドでなくていい。
わたしが生まれた頃からそこにあって、形だけはなんとか保っているような、古いソファでいいから。だから、もう少しここで目を閉じていることを、怒らないでほしい。
時々、閉じた瞼から涙が溢れる。それに気づいた時、生きている実感がわく。だからこの涙は、わたしの意思で流されたものではなく、わたしと決別した体が、わたしに生きていることを教えようとしているサインだと思う。
わたしは、自分の体がどこにあるのかわからない。
ねえ、わたしはあなたからどう見えている?
一日中眠っている。
時々涙を流す。
排泄をする。髪が伸びる。
かろうじて呼吸をしている。
生きている? それとも死んでいるのだろうか。
わたしは生きているよ。
まだ一度も死んだことは無い。
それなのにあなたは、わたしを死んだと思っているんじゃない? もしくは、かつて人だった〝物〟のように思っている。
わたしはね、ずっと眠ったふり。それは光が怖いから。ただそれだけよ。
いつかわたしは自分の体を見つけて、少しずつ日々を取り戻す。
あなたが、わたしを人と認めていたあの頃のように。
目を開けて微笑むわたし。
あなたに「おはよう」を言えるわたし。
あなたに触れて、あなたの悲しみや喜びを傍で感じられるわたし。
だけど、いまはまだ、わたしは小さな空洞の中で、耳を塞いでうずくまってる。
寂しくはない。
少し、悲しくても。
戻れるでしょう? あの頃のわたしに。
それをあなたの口から聞きたいよ。
あなたが希望を失ったとき、わたしの命が消えるって、知っているから。
[完]