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【短編小説】A rolling stone gathers no moss 第3話「three」

(あらすじ)
36歳の崖っぷちボクサー井ノ坂いのさかは、休養のため訪れた故郷でスマホを落とす。
拾い主に電話が繋がり安堵する井ノ坂に、スマホの向こうの少年は、奇妙なことを語り始める──。

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 「今なんて言った?」
 『だからぁ、どうして俺の名前がわかったの?』

 電話の向こうの少年が怪訝そうに聞いてくる。
 井ノ坂が名乗ったのに、少年は自分の名前を言い当てられたと思っているようだ。

 井ノ坂は、頭をひねる。
 同姓同名?
 いや、“ 井ノ坂龍一郎 ”なんて長い名前、然う然う被るものじゃない。
 親が熱心なボクシングファンで自分にあやかって名付けた?
 いやいや、あやかるなら自分じゃなくても...
 頭の中で、いくつかの可能性が浮かんでは消えていった。

 「確認だが、少年」
 『何?』

 「イエスかノーで答えてくれ」と前置きして、井ノ坂は続けた。

 「まず君は、見たこともない、トランシーバーみたいな、不思議な道具を拾った」
 『イエス。アイフォン...だっけ?』
 「そして今、君は水ノ宮公園に居る」
 『イエス。いるよ』

 井ノ坂は、改めて誰もいない公園を見渡した。

 「君の名前は、井ノ坂龍一郎である」
 『イエスだって。本当にどうやって分かったの?』

 電話の声は、少しも悪びれる様子なく、また同じことを聞いてくる。

 「ははははは...」

 笑いが込み上げてくる。
 すると少年も笑った。

 『ははは...?』
 「ハーハッハッハッハッ!」
 『アハハハハハ!』
 「何がおかしい!? スマホをなくして困ってる俺をからかって! 馬鹿にして! どーーせ、どっかでコソコソ隠れて俺を笑ってんだろ? 出てこい! クソガキがぁ!」

 井ノ坂の怒号が辺りに響き渡った。
 いつの間にかスニーカーに雪が染み込んで、靴下まで濡れている。
 一面白く染められた地面に、自分だけがぽつり立ち尽くしていた。

 『ぐすん...』

 耳元で、鼻をすする音がした。

 「お、おい...?」
 『なんだよ...俺、嘘なんか...ぐす...ついてないのにぃ...』
 「あ、いや」
 『うえぇぇぇぇん...』

 電話の向こうで少年は、幼い子どものように泣き出した。
 井ノ坂の頭まで昇った血が急降下する。

 「な、何もそんな泣かなくても......なぁ?」
 『...もういいよ..ぐす...ひっく...』

 少年がそう言うと、次の瞬間、ゴトッという鈍い音が耳に飛び込んできた。
 まずい。
 俺のスマホ、捨てやがった。
 これじゃあ余計見つけられなくなる。
 井ノ坂は、焦って声を張り上げた。

 「おい、待て! 少年!」

 借り物のスマホに耳を押し当てるが、返答はない。
 代わりに井ノ坂は、信じられない音を聞いた。
 ――そんなばかな。
 それは、井ノ坂のいる公園では聞こえないもの。いや、日本中どこであっても聞こえるはずのない音だった。
 その音が、あまりに“ 今この時 ”にそぐわない“ 声 ”だったので、井ノ坂は自分の耳を疑った。
 しかし、これが幻聴でないのなら、少年は本当のことを言っているかもしれないと思った。

 「待ってくれ! 頼む! お願いだ! ...おじさんが悪かった!」

 井ノ坂は、力いっぱい叫んだ。

 すると、耳元にすすり泣く声が帰ってきた。

 『...もしもし...? ひっ、ひっく...』
 「少年、今何が聞こえる?」
 『...何って...?おじさんの声?』
 「違う、そうじゃない。その公園だ! そこで、今、何が聞こえる!?」

 井ノ坂の大声に、通り掛かる人が不審そうに振り向く。
 しかし、井ノ坂には、そんなことはどうでも良かった。

 『蝉...。蝉の鳴き声が聞こえる...』

 井ノ坂は、ごくりと唾を飲み込み、スマホのビデオ通話ボタンを押した。

 画面に映し出された泣きっ面は、やはり見覚えがあった。

 いつも泣いてばかりいた、あの頃の自分がそこにいた。

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