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【短編小説】A rolling stone gathers no moss 第5話「five」

(あらすじ)
36歳の崖っぷちボクサー井ノ坂いのさかは、休養のため訪れた故郷でスマホを落とす。
拾い主に電話が繋がり安堵する井ノ坂に、スマホの向こうの少年は、奇妙なことを語り始める──。

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 翌日も井ノ坂は公園に向かった。
 雪は止んでいたが、相変わらずの曇り空だ。
 降り積もった雪に足跡をつけながら、とぼとぼと歩いた。こんなに積もられちゃロードワークもできないなと考えたが、もうその必要もないかと白い息を吐いた。

 公園に着くと、井ノ坂はポケットから妻のスマホを取り出した。今日も落としたケータイを探しに行くと口実をつけて借りてきたものだ。
 昨日と同じように自分のスマホに電話してみる。
 2度、3度とコール音を聞いているうちに、昨日の電話は夢だったんじゃないかと思えてきたが――

 『あ、もしもし。おじさん?』

 少年は、昨日と変わらない調子で電話に出た。
 井ノ坂は、不思議とほっとする。

 「よう...少年」
 『さっきは大丈夫だったの?』

 少年が訝しげに聞いてきた。

 「さっき?」

 心当たりのない質問に、井ノ坂は首をかしげた。

 『電話、急に切ったじゃん』
 「それは」
 ――昨日の話だろ。

 言いかけて、はっとする。

 「少年。あれからどのくらい経った?」
 『どのくらいって...1分くらい?』
 「そんな...」

 あれから丸一日過ぎているはずだった。
 井ノ坂は、ビデオ通話に切り替える。

 「見えるか? 少年」
 『おお! またテレビ電話になった!』

 テレビ電話って懐かしいな、お前。
 幼い顔して自分より古い表現をするのが、なんだかおかしかった。
 スマホ画面の向こうで、昨日と変わらないTシャツを着た少年が手を振っている。相変わらず蝉が忙しなく鳴いている声も聞こえてきた。
 「本当みたいだな...」と井ノ坂は、つぶやいた。

 『何か言った?』
 「少年は、嘘ついてないって言っただけだよ」

 井ノ坂がそう言うと、少年は「そうだよ」とむくれた。

 『そういえば、おじさんってボクサーなの?』
 「ん...まぁな」
 『すげえ! 強いの?』
 「え...いや。どうだろうな...」

 かつては、ベルトを巻いたことだってある。しかし、それは過去の話だ。今の自分は――

 『じゃあ、弱いの?』
 「お前な...」

 そう言われると、認めたくない。ムッとした井ノ坂は、つい「ああ、強いさ」と言ってしまった。

 『まじ!? 試合観たいなー!』

 少年は、無邪気に言った。

 『観れないの?』
 「うーん、観れない......こともないのか」

 時空を渡り、過去の世界に行ってしまったらしいスマホは、今のところ問題なく使えているのだ。
 引っ込みがつかなくなった井ノ坂は、少年にスマホのパスワードを教えて――自分自身に教えるのだから別に良いだろうと思って――画面ロックを解除させた。

 『わ。なんか四角いのが沢山表示されたよ』
 「アプリな。ほら、赤と白の。youtubeっていうやつだ。それを押して...」

 一体自分は、何をしているのだろうと思いながら、井ノ坂は頭をいた。

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