35歳から42歳までの不妊の記録⑤最後


40歳から41歳

40歳の年は4月から保育士の資格取得のために短大に通い、子どもは1歳児で保育園に入り、バタバタした毎日を送った。
毎月タイミングだけは欠かさずしていたが1年半経ち頃41歳になってもやっぱり全く妊娠しなかった。
友達の妊娠報告でこれでいいのか?という疑問がまた湧いて来た。
半ば現実逃避から目の前の課題に打ち込んできたけれども、子どもが大きくなるにつれて再び「2人目」問題が自分の中で大きくなってきた。
いつもいつも私は遅すぎる、、。本当に考えなければいけないことを後回しにして他に気を取られてしまう。勉強しなきゃと思いながら部屋の片付けをし始めてしまう頃から何も変わっていない。

41歳から42歳


そんなこんなで41歳を半分過ぎた頃、思い立って不妊専門の病院に予約を入れて1人で行った。
今度は、私の住む県では知名度1.2位を争う不妊治療専門の病院だ。夫には、朝に不妊治療の病院に行くことだけ報告して1人で行った。
先生には、今までの不妊の通院履歴を簡単に話したところ、サクッと「体外受精しましょう」と言われ次は契約書を持って夫婦で来るように言われた。
年齢もあるのか、話が早い。検査も前回の病院のものでよく、詳しい説明もなし、聞けば答えてくれる仕組みなようで聞かなきゃ短時間でサラッと終わる。不安に思う人もいるかもしれないが、私はこのスタイルがすごくよかった。
2回目は夫と2人で契約書、3回目は採卵周期になり注射針をドサっと渡された。
すごい、トントン拍子に話が進んでいく。夫には今回のお金は私の貯金から出すから何も言うなと伝えた。最初からこうすればよかった。
注射はしんどかったし、通院も大変だけど、毎月の虚しいタイミングよりやりがいがあった。
採卵は麻酔していもなんともしんどかったが、4個採れたと先生に言われほっとした。年齢の割に多いらしい。
後は、移植していくだけ。

そして4個移植し、全部妊娠には至らなかった。
お金は採卵〜3個目の卵までは保険が効くのもあって合計40万円ほど。
4回目の移植は自費だから移植だけで20万。トータルで60万ほどかかった。4回目の自費は毎回お会計時に心の中で「ヒーーー」となった。保険適応前の方達は本当に大変だったんだなぁと痛感した。

最後の卵がダメだった帰り道は流石に車で号泣した。これで本当に諦めるしかないと思ったからだ。
希望を持って何度もトライして、その度に涙を流すことに何か意味があったのかな。
さっさと諦めたらこんな思いせずにせずにすんだのかなと思うけど、逆に諦めるために必要だったのかな。

諦めると語源は「明らかにする」だと何かで読んだことがある。現代の医学を持ってしても私は妊娠できないと明らかになったわけだ。60万と一年を使ってそれが分かったのね。もっと頑張ってもいいかもしれないけど、頑張ったところでもう子どもが出来る気がしないんだ。何に疲れたって、期待することに疲れた。

とは思っても、気持ちの切り替えなんてそうそう出来るもんじゃない。本当に諦めるにはどうしたらいいのか、人を羨む気持ちを無くすにはどうしたらいいのか、まだまだ悶々とする。

40歳になったばかりの自分に言いたい。
欲しいものから目を逸らさずに、人の意見なんか聞かず、自分の思ったようにやればよかった。それでもダメだったかもしれないけど、後悔はきっと少ない。

35歳の同僚には、最初から専門外来を進めたいな。回り道する必要がないもの。と言っても、私も含めてみんな、人の意見なんか聞かないよね。

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