世の中がlynch.に気づき始めた──魅せてやれ、ワイルドカードのその実力

2020年3月18日、待望のlynch.のNEWアルバム「ULTIMA」がリリースされた。

どんな轟音が待っているのかと身構えていた。しかしCDの再生ボタンを押して聴こえてきたのは間違えて女性シンガーのCDを再生してしまっただろうかと思ったくらいのシンセの綺麗な旋律と女声コーラス。そこから轟音と綺麗な音や旋律が融合していく。それが1曲目にしてタイトルトラックの“ULTIMA”の第一印象だった。


今年2月8日、葉月はTwitterでこうツイートしていた。

"かつてない、何者でもない何かになろうぜ、みんなでさ"



それから20日後の2月28日。「ULTIMA」からリリースに先駆けリードトラックの“XERO”がラジオで初オンエアされた。

“XERO”を聴いて確信した。「ULTIMA」というアルバムはlynch.をまさに「何者でもない何か」にしたと。

世の中がlynch.に気づき始めた。それを肌で感じる。“XERO”はその確かな胎動。確かな手応え。始まりの合図。


M-2 “XERO”

葉月の艶のある歌声と地を這うようなシャウト。相反するこの2つをつないでいるのは間違いなく葉月の歌声。ヘヴィロックとサビの繰り返されるキャッチーなメロディーが見事に融合した良曲。これこそが求めていたモダンヘヴィ。この曲を聴かない理由がない。そのくらい自信を持って人に勧められる。
この曲はRYUICHIこと河村隆一氏がコーラスで参加していることが、ラジオ初オンエアからしばらくして氏の今年3月8日付けの公式ブログ記事と、同じ日の葉月のTwitterで発表された。ラスサビの〈永遠に / いのちを奏で〉ここでの葉月と艶のある歌声とRYUICHIの伸びやかな高音の化学反応は聴きどころ。3分半ほどの長さの曲、その音の中に詰め込まれたドラマティック。



M-3 “BARRIER”

音から大先輩へのリスペクトを感じつつもきちんと自分たちの音にしている。
〈ねえ 正体不明だっていいじゃん / せーので歌おうよ みんなで〉というこれまでになく飾らないラフな言葉で書かれた歌詞が好き。
最後に〈くだんねえ壁ブチ壊せ〉という歌詞が出てくる。何年か前、lynch.だけでなく色々なバンドが「ジャンルの壁を壊したい」そう口々に発言していた時期があった。果たしてジャンルの壁なんて存在するのか、ヴィジュアル系がどうのこうのとかいう議論はもう私の頭の中で散々され尽くしてきたし心底どうでもいい。だけどこの曲を聴いて思ったのはもしかしたらジャンルの壁とかヴィジュアル系の壁なんて思っていたものは実は自分たちで作った「lynch.」という透明の壁だったのかもしれない。ということ。彼らは今作でその壁を見事に打ち破った。


M-4 “EROS”

この曲が悠介作曲というのも今までの彼作曲の曲のイメージからすると驚きだった。けれどそれ以上に葉月の歌い方が歌謡曲っぽい。それくらいねちっこい。良い意味で。〈腫れた蛇〉という歌詞が好き。曲やメロディーにもどこか80'sの歌謡曲っぽいテイストを感じた。例えば中森明菜とかWinkとか。2組とも絶対〈腫れた蛇〉なんて歌詞は歌わないだろうけど。音作りの匙加減をちょっとでも誤れば80'sの歌謡曲っぽく聴こえてしまうスレスレのライン。エンジニアのЯyo Trackmakerの手腕による絶妙の塩梅。


激しいM-5 “ALLERGIE”とキャッチーなM-6 “IDOL”。この2曲が並んでいるのにも驚いた。だけど曲順に無理を感じない。“ALLERGIE”の曲終わりの「あーあ」や、咳込んでいる部分はわざと入れたんだろうか。


M-6 “IDOL”

へヴィーだけどキャッチー。何度も書くけど相反するこの2つを繋いでいるのは間違いなく葉月の歌声。今作の特徴的なところ。
〈歓迎 それでいいでしょう 愛しの姫君よ〉という歌詞が好き。
かつては「歌詞で伝えたいことはない」なんて音楽誌のインタビューで答えていた葉月。そんな彼の歌詞が「挑発的」とメディアの見出しになるまでに注目されるようになるなんて。と、まるで2番の歌詞にある〈歓迎 それでいいでしょう 愛しの母君よ〉のように母親か何かのような心境になった。それが果たして本当にメンバーに歓迎されているのかどうかはわからないけど。


M-7 “ZINNIA”

歌い出しは作曲者の悠介本人が歌っているのかと思ったくらい驚いた。ファルセットを多用した歌い方。葉月はいつの間にこんな声出せるようになったんだ。今年1月の「奏艶」(葉月のソロライブ)から葉月の歌に対する意識が変わった印象を受けた。本人も歌に対する意識が変わったことを自認しているし。


M-8 “IN THIS ERA”

今作のもうひとつ特徴的なところは悠介が得意とするギタープレイのディレイやシンセの多用。それがすごく良いスパイスになって曲を色付けしている。まるで花の咲かない砂漠に白いワンピースを着た少女がひとり立っている。なんでだかこの曲を聴いてそんなイメージが浮かんだ。


M-9 “RUDENESS” M-10 “MASCHINE”

ともに2分20秒ほどの激しく駆け抜ける曲。特に“MASCHINE”は晁直の腕は大丈夫なのだろうかと心配になるレベル。でも好き。


M-11 “ASTER”

これぞ悠介節という印象の曲。ASTERとは英語では花の名前だけどギリシャ語やラテン語では「星」を意味するそうで、花の方のASTERの日本名はエゾギクというそう。エゾギクの花言葉を調べたら「変化」「追憶」「同感」「信じる恋」。どの花言葉もこの曲にぴったりと思った。“IN THIS ERA”を聴いた時にイメージが浮かんだ少女の姿を再び思い浮かべた。その少女は今度はなぜだかこちらをきつく睨んで涙を流していた。“ALLERGIE”と“IDOL”の並びもなかなかエグかったけど“MASCHINE”と“ASTER”の並びもなかなかエグい。激しい曲と聴かせる曲。だけど対照的なその2つが並んでいても今作はそうした曲順の並びに全く無理を感じない。絶妙な緩急。アルバムの最後を飾っていてもおかしくないと感じたくらい余韻の残る曲。


M-12 “EUREKA”

“ASTER”の余韻に浸っていたいのにそれを吹き飛ばすかのような曲。彼らは早くももうこの「ULTIMA」の次に進んでいる。間奏の“ラララー ラー ララララー ラーラーラー♪”の部分はライブでファンが皆で合唱しているイメージが浮かんだ。そして思い浮かべた会場は屋根に大きなタマネギのようなものがあって、天井には大きな日の丸の国旗がある「あの場所」だった。願わくは今はまだイメージでしかないその光景が本当のものになったら良いのに。ああ、“IN THIS ERA”や“ASTER”を聴いてイメージしたあの少女はもしかしたら自分の分身なのかもしれない。



この「ULTIMA」でlynch.は無二のバンドとして確立した。結成15年目の今が最高で、今が最高傑作。そしてそれはこれから先、活動年数を重ねるごとにどんどん更新されていくだろうという信頼感というか確信めいたものまである。今までがそうだったように。

そしてこの「ULTIMA」という作品は46分台という収録時間を全く長く感じさせない。むしろもう終わりなの!?と聴くたびに思うくらいあっという間に感じる。ちょっとした時間旅行のような気分。

前作「XIII」がリリースされた時、私は「lynch.は邦楽ロックのワイルドカードになる」と書いた。それから1年以上経った。その間私はずっと次の新作のリリースを待っていた。一方でlynch.はその間ライブをたくさん行いフェスにも出演した。特に今年2月に名古屋の盟友coldrainが主催した「BLARE FEST.」でのlynch.の評判は上々だった。

「lynch.音が良い」
「lynch.っていうヤバイバンドいた」

どっちもSNSで目に留まった最上級の褒め言葉。

それからしばらくして“XERO”のMVが公開され、上々の手応えを感じた。世の中がlynch.に気づき始めた。そんな反応を肌で感じた。「ULTIMA」への期待が自然と高まった。

「世の中にlynch.を魅せてやれ」そんな風に思っていた。だけど「ULTIMA」を実際に聴いて魅せられたのは私の方だった。

「ULTIMA」リリース日当日の3月18日未明に葉月がTwitterに投稿した2つのツイートが印象に残っている。

「みんなに喜んで欲しかったからだ」

この言葉がうれしくて夜中に泣いた。そう言ってもらえてlynch.を好きな私たちは幸せ者だと思った。こちらこそありがとうございます。



それからしばらくして2つ目のツイートが投稿されたのは3月18日の午前4時すぎだった。

「ULTIMA、お誕生日おめでとう」

このツイートをリアルタイムで見てからなぜだかPIERROTの“BIRTHDAY”のサビがしばらく頭の中でぐるぐると流れていた。


PIERROTというバンドに“BIRTHDAY”という曲があった。

それはこれまでずっと私にとっては聴くのが苦痛で、ライブで聴くのも苦痛に感じていた曲だった。ライブでこの曲が演奏されるたびにとにかく苦痛でしかたなくてこの曲が始まるとその場にいたくなかった。だけど周りは「この曲に救われた」という人ばかりでそんなことこれまで誰にも言えなかった。この曲が演奏されるたびに私はあのライブという空間でひたすら孤独を感じでいた。「生まれてきたことを祝福する」という内容の曲だけど私にはそれが苦痛でしょうがなかった。

だけどあれから20年近くたった今、その孤独に感じていた思いが葉月の言葉でようやく昇華されたような気がした。


葉月さんありがとう

lynch.ありがとう

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そして今年3月30日。lynch.はひとつのアクションを起こした。

lynch.のファンでいてこんなにも誇らしいと思ったことはない。見てください聴いてくださいうちの推しこんなにかっこいいんですよ!

すげーシャウトと艶やかな歌声を持つMC面白お兄さん
一見強面だけど頼もしいリーダー
赤髪の妖艶なギタリスト
末っ子5弦ベーシスト
皆のアイドルなドラマー
それがlynch.です3月18日アルバム「ULTIMA」出ましたよろしくお願いしまぁぁぁぁぁす!

こちらの記事もよろしければあわせて。

ちなみに「何でlynch.がワイルドカード扱い??」と疑問を持たれる方が殆どと思われますが前作「XIII」の音楽文とつながっているからです。

『XIII』という希望 – lynch.は邦楽ロックシーンのワイルドカードに成り得る存在だ (桐嶋碧穂) | 音楽文

この時は希望的観測も込めて話をちょっと盛りました(おい)。でも今は自信を持ってこう言えます。

世の中に魅せてやれlynch.、ワイルドカードのその実力を。

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