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後悔無き高千穂

9時に迎えにくる、と確かに聞いたが、太郎さんが来たのは10時だった。時間つぶしにずっと宿の主人とお話しする。喉の手術で喋れない状態の主人は、ホワイトボードでの筆談でコミュニケーションを取ってくれる。「次はなんて書かれるのかな」と謎のワクワク感が生まれて、これはこれで面白かった。このコミュニケーションを取りたいがために、泊まりに来たって良いくらいだ。

ようやく太郎さんが来た。一緒にルートを決め、早速ドライブを開始。昨日会ったばかりなのに、方言が祖母と全く同じだから不思議と安心感がある。ありすぎる。なんだこれ。方言って、すごい。車中でお互いのことを色々話す中でどんどん仲が深まっていくのを感じる。新しいおじいちゃんが出来たみたいですぐに懐いてしまった。昨日尋ねた祖母の姪っ子さんにも無事会うことができ、墓参りを済ませた後、夕方に温泉に行くことになった。太郎さん家のお風呂が、故障しているらしい。ゲストハウス続きで湯に浸かるのが久しぶりだったため、言葉通り、身体に染み渡った。改めて、不思議な展開になったもんだ。元々1泊の予定だった高千穂になぜか3泊している。初めて来る高千穂でなぜかこんなにリラックスしている。地元以外に親族がいないと思っていたのに、急に宮崎県に繋がりが生まれている。んーーーー私が知らなかっただけで人生はもっともっと面白くできるのか。温泉に浸かりながら天を仰いだ。

大浴場で体を揉みほぐしていると、近くにいた地元の方が声をかけてくれた。人懐っこい笑顔を見せる可愛らしいお婆ちゃんで、すぐ仲良くなってしまう。やっぱりこの地域はあったかいなぁ。「どこから来たの?」と聞かれて、ここまでの経緯を簡単に話す。「あらそう、私もあの地域に同級生がいたよ」「へぇー、そうなんですか」「うんうん。名前がね、フクコって言うのよ。」「フク子?」「うん」へぇー、あの辺りでフクコっつったら、それは私の祖母じゃないですかね。

私がここに来るきっかけになった祖母の名前がフクコなんですけども、一緒の人ですかね。今度はおばあちゃんが面食らった表情で、「えぇ?本当に?あれだよ、あのー」と、お姉さんが何さんで、お父さんが何してた人で、最近誰が亡くなって…と情報が来るけれど全部わからない。私が持っている祖母の家系の情報は、本当に1行程度しかないのだ。「都会の方で看護師してた?」「してた!あ、お姉さんがいちご作ってたって」「あーーーーー!」チェックメイト!お互い思い描いている人が同一人物だと分かる。「えー!フクちゃんのお孫さんなのぉ!?」「そうなんです!そうなんです!」温泉でたまたま喋った人が祖母の同級生だったなんて、え、こんな展開あります?あるもんですか?少なくとも私は初めて経験しました。そこからわーきゃーできる限り興奮しあって、熱い握手まで交わし、のぼせた。30分以上湯船に浸かっていた。あついって。アツいよ〜〜。

祖母は若いうちから故郷を離れ、帰省も数えるほどしかしてないため、ちょっと年代が違うと名前を言っても伝わらないことは昨日確認済みだ。おばぁちゃん!キクコさんって人に会ったよ!中学まで同級生だったんだってね!びっくりしたよ!あー、3年前に伝えてたら!!でも不思議と今日は後悔を感じていない。どちらかと言うと、興奮の方が強い。もう祖母に正確に全て伝えられなくても良いかなと、思い始めてきた。だって情報のシャワーのように色んなことを伝えられるから。祖母の記憶に深く残っているこの場所の、あらゆる今を伝えられるから。ばあちゃん、待っててね。たくさん話したいことがあるよ。話の内容全ては理解できないかもしれない。私のことが途中から分からなくなるかもしれない。でも私の口から出る言葉や人の名前は、ばあちゃんの記憶の深い所で生きているものと一緒だと思うの。

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