『照明屋』VS『照明店の客人たち』=ウェブトゥーン作家カン・プル VS 脚本家カン・プル(第2R)
基本サブスクには消極的な私ですが、12月4日からディズニープラスで配信されるという『照明店の客人たち』にはかなり惹かれています…。
予告編からして漂うミステリアスな雰囲気が気になるから?
最近のOTTサービスにふさわしく、キャストが魅力的だから?
『アジョシ』、『ミセン』での悪役ぶりが強烈だった俳優キム・ヒウォンが初監督した作品だから?
どれもその通り! なのですが、原作ファンとしてもう一つ付け加えさせて下さい。
このドラマは2011年に韓国のポータルサイトで連載されたWEBマンガ『照明屋*1』が原作になっています。私にとって『照明屋』は韓国マンガの魅力、いや、ウェブトゥーンの魅力を凝縮した作品そのもの。
原作者カン・プル*2 の作品は軒並み映像化されているので、来るべき時が来たかという思いもありますが、それにしてもウェブトゥーンならではの表現が駆使された『照明屋』を一体どう映像化したのか? 気になって仕方ありません。
the King of Webtoon、カン・プル
このnoteでは、WEBマンガ、ウェブトゥーン、出版マンガ、紙マンガ等々、色々な形態で作品化されるこれらを、あまり厳密に使い分けず「韓国マンガ」と呼びたいと今のところは思っておりますが、今回の記事では「Webtoon(=ウェブトゥーン)」という言葉を用いなければならないでしょう。
というのも、『照明屋』の作者カン・プルはウェブトゥーンの代名詞のような存在。今でこそ韓国マンガ界トップの一人、映像化された作品数もおそらくは最多*3 の超人気作家に違いありませんが、当初彼が志していたような「マンガ家」としては芽が出ませんでした。彼はそのキャリアの始めから、「マンガ」ではなく、「ウェブトゥーン」に自分の進む道を見出します。
次の引用は、当時を振り返る作者本人の言葉を翻訳したものです。
まだ「ウェブトゥーン」という言葉も存在しない頃の話です。カン・プルは「インターネットマンガ家」、「オンラインマンガ家」と呼ばれながら注目され始めました。その後のカン・プルの活躍は、韓国におけるWEBマンガの歴史、拡大と重なっていきます。と言うより、現在のウェブトゥーン読者、ウェブトゥーン表現をカン・プルが開拓していったとも言えるのでしょう。
出典元では2001年~2011年に発表されたカン・プルの長編、10作品がコマ付きで紹介されています。その内のほとんどは映像化されており、2011年以降発表された作品についてもその傾向は変わりません。今やグローバル産業となった韓国エンタテイメント業界で、カン・プルの存在感は(後述する脚本業進出の件もあり)ますます高まっていくように思えます。
「いや、そんなことよりこの画力じゃ連載してくれる所なくて当たり前だろ!」と出典元を見てツッコミを入れてくださった方、ありがとうございます。とりあえず「正しい!」とだけ言わせてください。そしてどれか一つでも作品を読んだ方*5 とは、「この絵が良いんだよね!」と盛り上がりたい。
the Webtoonな『照明屋』の魅力
原作ファンとして、ディズニープラス加入予定者の一人として、ドラマ『照明店の客人たち』を観る楽しみを減じるようなことは書きますまい。
ただ、ウェブトゥーン含め韓国マンガがより日本で読まれてほしい筆者としては、この話題作公開のタイミングは絶好の機会…。
ここから先は原作『照明屋』の魅力を私なりにお伝えさせていただきたいと思います。今回のドラマ版、そして何より、まだ未邦訳の原作に興味を持つ方が増えてくださいますよう。
一応、公式連載ページのトップ画像からご紹介します。このぼうっとした光が当たった中年男性は、作中の重要な舞台である「照明屋」の主人。夜になるとこの照明屋さんに様々な人物が訪れる、というのがお話の大筋なのですが…。
ドラマではこの店主をチュ・ジフンが演じるようですね。ギャップのあるキャスティングにも色々な想像をして楽しんでいる私。億を超えるビュー数はさすがカン・プルの一言です。
さて、『照明屋』を紹介する前に「ウェブトゥーンをよく知らない方」に向けて最低限の説明をさせてください。
既存マンガと違って、スマートフォンで読まれることが想定されたウェブトゥーンは、基本的にタテにタテにと読んでいきます。より具体的には、上から下にスクロールしながら読んでいく、ということですね。このあたりは知っていようが知っていまいが、スマホを操る方であれば無意識でそのように読むだろうことと思います。
で、少しウェブトゥーンを読んでいくと、「なるほど違う」と、今度は形式面で感じるようになるでしょう。特にコマについて。雑誌、単行本よりも小さなスマホ画面は、既存マンガのコマ割りだとどうしても合わないのです。
つまり、ウェブトゥーンは「基本1画面に1コマ」。正確には「1コマとちょびっと」という構成が多いのが特徴です(一概には言えませんがここでは大づかみに言ってしまいます)。
本作の登場人物の一人、ヒョンジュが家に帰る場面を引用しますが(ネタバレ回避の趣旨で第何話かは言及しません)、もしこの1画面を既存マンガの1ページのように使い、複数のコマをZ形に配置した場合、1コマ1コマが非常に小さくなってしまうでしょう。
逆に言えば、ウェブトゥーンは1画面、1画面を既存マンガで言うところの大ゴマのように使えるので、「暗い住宅街の中、一人佇むヒョンジュ」が1コマで表現出来ています。
ここからが本題です。『照明屋』は連載ページでも「恐怖/スリラー」と銘打たれている通り(あるいはドラマ版の予告の通り)、怖さ、それもトイレに行けなくなる類の怖さが描かれた作品です。そして引用したコマのように、多くの場合は次のコマが少し見えているので、「うわ、絶対次に怖いの来る!」と薄々感じながら(時に確信しながら)下にスクロールし「ゾッ…」とさせられる、個人的には「お化け屋敷で次の仕掛けにしか見えない何かに近づく時」のような感覚が繰り返しやって来ます。
そして「下にスクロール」と書きましたが、左右ではなく、上下にダイナミックに動くのもウェブトゥーンの大きな特徴でしょう。『照明屋』の次の場面は問答無用でこのことを伝えてくれます。
先ほどのヒョンジュが自宅マンションのエレベーターで上がる場面の数コマです(ここもあえて、スマホフレームで引用します)。
エレベーターで上がっていくヒョンジュ。エレベーターには小さな窓があり、そこでヒョンジュに何かが見えました。何階だったかは分かりません。
エレベーターが9階に到着し、自分が見たものが何だったのかを確認するため、彼女は階段を駆け下りていきます。
ここで読者の下スクロールはヒョンジュの動作と一致します。そして、先ほど「ウェブトゥーンは1画面、1画面を大ゴマのように使える」と書きましたが、この場面は「大ゴマの連続」というより、むしろ「1本の巻物」(4コマ漫画ならぬ1巻物漫画のような)。ウェブトゥーンはこのように1コマが(タテに限って)伸縮自在なのですが、そこにカン・プルの得意な数字演出も加わり、読み応えのある場面となっています。
そしてもう一つ。ウェブトゥーンの大きな特徴である「フルカラー」を使って、本作では色々な表現が試されています。それは第一に「恐怖」に活かされているわけですが、実は描かれたものが「恐怖」にとどまらない本作。作者カン・プルはフルカラーを使った多面的な光と影を見せてくれます。「照明屋」という絶妙のモチーフを見つけたとき、作者はきっとほくそ笑んだはず。
本作を「怖いのならイヤ」と敬遠する方がいるとしたら、この光と影、明と暗は一筋縄でいかないこと、照明が照らすものは恐怖だけではないことだけは伝えさせて下さい。今回のドラマ版もそんな作品であることを私は期待しています。
ウェブトゥーン的とは、映像的ということなのか?
と、ここまで書いてきて、ウェブトゥーンならではの表現と私が思っていたものは、コマが連続してシームレスに見える点しかり、光と影による表現然り、実は非常に映像と近しいのではないかとも思えてきました。
実際に、作者カン・プル本人が最近のトークショーで語っていたところによれば*6、彼は『アパート』という作品以降、まずセリフとト書きを最初から最終話まで書いて、その後に絵を描く作業に入るそうです。セリフとト書きとは、映像台本そのままではありませんか。
そんな「シナリオマンガ術」の極意を彼が掴んだのかどうか、今回のドラマ『照明店の客人たち』の脚本は、原作者のカン・プルが自ら務めました。
実はディズニープラスで配信された前作『ムービング』も、カン・プルの原作ウェブトゥーンを同様の形でドラマ化したんですよね。彼はこの時初めて脚本家として自作ウェブトゥーンに立ち向かい、見事、百想芸術大賞*7 でTV部門脚本賞を手にしたわけですが、そんな脚本家カン・プルの、いわば今回は第二ラウンド。私はドラマ『ムービング』は未見なのですが、今からでもリングサイドに駆けつけ、脚本家カン・プルがどんなパンチを繰り出すのか、見届けたい気持ちでおります。
*1 原題は『조명가게』。本作を落語の怪談噺、人情噺として読んだ筆者としては「照明店」より「照明屋」と訳したい。より怪談っぽく「電球屋さん」としたい気も…。
*2 英字表記「Kang Full」から「カン・フル」と表記される場合も多いが、このペンネームは彼が大学時代に「軍隊で着た草色の服ばかり着ていた」ことに由来するので、韓国語で「草」を意味する「プル」と表記したい。ちなみに韓国語発音では「full」は「プル」と読まれる。
*3 「最多」は筆者体感…。映像化作品は『アパートメント』、『パボ(バカ)』、『純情漫画』、『あなたを愛しています』、『隣人』、『26年』、『ムービング』等々。
*4 カン・プルが初期作で多用した下ネタのこと。それにしても「汚らしくデビュー」とは(笑)。
*5 邦訳されたものでは、ピッコマで『Moving-ムービング-』が公開中。
*6 韓国の有名な歌手・作曲家であるチョン・ジェヒョンのYoutubeチャンネル『妖精の食卓』出演時のコメント(2024年11月17日公開分動画)。
*7 百想芸術大賞は韓国の式典中、超メジャーな権威ある式典。テレビ、映画、演劇と対象分野が広いのがユニーク。ちなみに、映画業界に特化した韓国最高の式典が青龍映画祭で、2024年は11月29日に開催(本日!)。