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『富川国際漫画フェスティバル』と『やりたい漫画展』

9月、10月、韓国ではマンガ関連の式典、イベントが続いていました。その数の多さもそうですが、中には政府主導で今年新設されたものもあり、韓国マンガ市場の活況ぶりがうかがえます。

と書いたものの、私自身はまだどれも参加したことがありません…。2025年はぜひ現地に行ってみたい! そんな視点で、私が特に注目している2つのイベントについて、noteに書いておこうと思います。

1.富川国際漫画フェスティバル:2024.10.3~10.6

富川(プチョン)市といえば国際映画祭の開催地として知っていましたが(富川国際ファンタスティック映画祭)、市で韓国漫画映像振興院という財団法人を設立したり、この機関が運営する韓国漫画博物館*1 があったりと、マンガとも縁の深い都市なんですね。

1998年から始まった『富川国際漫画フェスティバル』は今年で第27回目。マンガの祭典という意味では韓国で最も有名な、規模も大きいイベントだそうです。韓国漫画映像振興院のチェ・ウォニョクさんへのインタビューによれば、今年の来場者は13万8千人で史上最多だったとか。
このイベントに先駆けて『富川漫画大賞*2』が公表されているのですが、イベント中は大賞受賞作『チョンニョニ*3』の作者ソ・イレさん、ナモンさん含むマンガ家たちのサイン会やトークショーあり、韓国イタリア国交140周年ということでイタリアマンガ展あり、野外にはマンガ図書館が設置され、屋台あり、物販あり、コスプレ大会やアニソンコンサートも開催されたとのことで、公式HPの写真を見ても「韓国を代表するマンガの祭典」という雰囲気がうかがえます。

個人的には野外マンガ図書館が気になりますね!
というのも、韓国ではマンガといえば今やWEBマンガが完全に主流*4。「マンガを読む」とは、つまりほとんどの場合「スマホでwebtoonを見る」ことを意味するわけで…。
そんな中でこの野外マンガ図書館。人々が三々五々、紙で出版されたマンガを手にし、ページをめくる。これはもう貴重な体験、稀少な光景と言っても良いような気がします。
大げさな中年の感傷でしょうか。先のインタビューでは「マンガの祭典である以上、来場者が最初に目にするものはマンガにしたかった」という発言もあり、これも私などには紙マンガの底力を意味する言葉のように聞こえてしまうのですが。

そんな私の感傷を真正面で受け止めてくれそうな、もう一つのイベントを次にご紹介します。

2.やりたい漫画展:2024.10.25~10.27

ソウルの聖水洞(ソンスドン)で開催された『やりたい漫画展』は、韓国ではそれこそ貴重で稀少な「出版マンガが主人公」のイベント。2021年にコロナのためオンラインで実施されたことはあったそうですが、今年ついに、念願のオフラインでの初開催を迎えました。
まずは公式HPをご覧あれ。

HPに掲載された50枚の画像は、本イベントに参加する出版社、マンガ家たちのサムネイルなのですが、つまりこのイベントは、これら参加者がこのイベントのために準備した「紙のマンガ」を会場で展示・販売するというもの。当然、どのマンガもWEBでは読めない作品ばかりです。

『やりたい漫画展』参加者リストの一部

各サムネイルをクリックすると作品が少し確認できるのですが、日本のマンガ読者としてとっつきやすく見えるものもあれば、実際の作品がどうなっているのか想像できないようなものもあり…。この多様さ、雑多さがすでに魅力的。

『やりたい漫画展』とは変わったタイトルですが、イベント主催者の思いを知るほど、その熱さに私も感じるものがありました。主催者の一人、マンガ評論家のイ・ジェミンさんによる記事は、韓国のマンガ家が共通して持つ悩みについて触れるところから始まっています。

webtoonの時代だ。webtoonに関するニュースを見れば、売上がいくら、株価がどうだという内容がまず目に入る。どんな作品が面白いのか、それがどう面白いのかを知る方がよほど難しいのだ。ところで周辺のマンガ家たちの話を聞いていると、彼らの悩みが変質したのを感じる。様々だったマンガ家たちの悩みはいつの間に、「自分の作品をプラットフォームが気に入ってくれるか?」、この一言に尽きるようになっていた。

出典:「私たちはマンガを、金を稼ぐためにやっているのか?」
イ・ジェミンSWI編集長|時事IN

続けて、主催者であるSideB社によるポッドキャストから。このイベントを企画した理由、オフラインで実施したかった理由について、SideB社のソン・インスさんは次のように答えています。

コロナでwebtoonが爆発的に成長しましたよね。webtoonと非webtoonで、無茶苦茶な格差ができたじゃないですか。
(中略)
マンガ市場全体の規模で言えば1兆8千億ウォン程度のところ、出版マンガはその内の2千5百億ウォン。7倍から8倍の差があります。しかもその「出版マンガ」には日本のマンガも含まれていますから、国内の出版マンガだけで言えばもっと開きがあるわけです。こうした格差の中で、マンガ家たちは意気消沈した状態でした。
(中略)
でも出版マンガをやりたいマンガ家が確かに存在するんです。だから、お互いを発見しよう。顔を見て、話をして、同僚たちを確認しよう。そういう機会を作りたかったんです。

出典:ウェブトゥニスタ第359回
<2024 やりたい漫画展>プロモーショントーク|Youtube

つまり『やりたい漫画展』とは文字通り、自分が描きたいように描いたマンガを持ち寄ったブックフェアということなのでしょう。
国家を代表する事業となりつつあるマンガ産業、企業がコントロールするプラットフォーム、そういったことから離れてもマンガって存在できるんじゃないの? そんな、WEBマンガ主流の韓国マンガ界に対するカウンター的意味合いがタイトルには込められているのです。

縦読みマンガも好きですが、横読みマンガファンとして、何より紙マンガで育ってきた者として、「その心意気、買った!」と宣言しないわけにはいきません。来年も開催されるかどうかは、今年の結果にかかっていただろうと思われますが・・・

結果として、3日間の来場者が2千人超。これは主催者の想像を超えた「成功」だそうで、SideB社のチョン・ダビンさんへのインタビューによれば、来場者数もそうですが、マンガが非常によく売れたとのこと。いくつかのブースでは完売が出たし、その他のブースも全て、予想を上回る売上となったそうです。
そもそも主催者の3人はこのイベントの企画段階から、
「販売ブース側のマンガ家が誰も集ってくれなかったらどうしよう」、
「たとえ10チームに満たなくてもやろう、その場合は自分たちのマンガで参加するしかない」、
などと話してたと言うことなので(笑)、来場者数の心配どころか、販売ブース側の枠50が埋まっただけでも「成功」とカウントしていたことでしょう。

可笑しかったのは、イベント終了後に更新されたポッドキャストでイ・ジェミンさんが話した次のエピソード。彼はマンガ評論家でもあり、本イベントの主催者の一人でもあったのですが、主催者ならではの一喜一憂が伝わってくる彼の言葉を、翻訳してご紹介します。

僕は立場上、イベント取材なんかに行くと列に並ばずに入れるんです。プレス側の人間なので。で大体そういうとき、僕は何も買わないんですね。でも『やりたい漫画展』の場合は(並ぶ人もいないだろうから)買わないといけないだろうなと(笑)。
初日、二日目はイベント会場を回りながら、まだ買ったらダメ、職業倫理に反するし、と思いながら最終日。終了間際の時間に行ってみたら、もうほとんど無いんですよ、本が。
これはもう、残ってる本全部買わなきゃと思い直して(笑)。ここからここまでの本、全部下さいって。

出典:マンガクラシック第298回
【インタビュー】2024 やりたい漫画展を終えて|Youtube

最後にもう一つ。『やりたい漫画展』はSideB社が主催ではありますが、後援企業として韓国の出版社である文学トンネが参加し、イベント会場はソウルウェブトゥーンアカデミー(SWA)が提供することで実現しました。
文学トンネは日本のマンガ作品を韓国で多数刊行しているのでこのイベントを応援するのも分かるのですが、会場を提供したSWAの方は文字通り、webtoon作家を養成するために2020年開校した専門塾。
そんなところでWEBマンガに対抗するこんなイベントが行われたなんて、少しスリリングでは…?
それともこれは、韓国マンガの覇権を握ったWEBマンガ側の余裕のなせる業なのか*5…。

いや、誰も出版マンガとWEBマンガを敵対するものとして見てないよ!
そんな声が他でもない、『やりたい漫画展』側から聞こえてきそうです。
私もどちらかが生き残るまでのデスマッチを見たいのではなく、両者が刺激し合い、共に続いてくれることを望んでいるわけで…。
『やりたい漫画展』が、出版マンガへの私の感傷を受け止めてくれるどころか、気持ちよく無視してくれるような、痛快なイベントであることを期待しつつ、来年の開催を待ち望みたいと思います。


*1. 韓国漫画博物館は韓国マンガはもちろん、関連資料を収蔵する博物館。詳しい行き方と探訪記が『漫海』(Vtuberのげそにんちゃんと海外コミックスのブックカフェ書肆喫茶moriさんが発行人の漫画情報誌)第4号に詳しい。
*2. 富川漫画大賞は、期間内にwebtoonで30話以上連載した作品、もしくは単行本1冊以上出版した漫画作品を対象に選定。専門の審査委員が選定する各賞と、読者だけの投票で決まる読者人気賞があるのが特徴。2024年の海外受賞作では日本のWEBマンガ『天空のジャードゥーガル』が受賞。『スーフル』にて公開中
*3. チョンニョニは原題『정년이』の直訳。韓国でドラマ化された作品『ジョンニョン:スター誕生』はDisney+で公開中だが、マンガの方は未邦訳。
*4. 韓国ではマンガといえば今やWEBマンガが完全に主流、と書く根拠として、ここでは韓国内の大きなマンガ賞の一つである『今日の私たちの漫画賞』2024年度の最終候補の連載場所を挙げておきます。15作品の内、14作品が韓国の二大プラットフォームで連載されたwebtoon、1作品だけが出版マンガでした。
*5. SWAがイベント会場になったのは、イベント主催社であるSideBのソン・インスさんがSWAで講師をしているので、その縁によるもののよう。しかしそれにしても…(しつこい)。

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