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『照明店の客人たち』についてもう少し

11月から始めた私のnoteですが、その中で今年最も読まれた記事は、この記事でした。

これはもう、何と言っても、ドラマ『照明店の客人たち』配信開始のおかげでしょう! というわけで感謝を込めて、年内最後の私のnoteはもう一度『照明店の客人たち』について。

今回の記事はドラマを見た方とおしゃべりするようなつもりで書きますので、ネタバレを含みます。それは困る! という方は、ここから先はまた別の機会にお読みいただけますと幸いです。

さて、まずドラマを全話見た皆様(私も含めて)、完走お疲れ様でした!
全8話とは言え、見るには結構な体力、集中力が必要とされる、かなり特殊なドラマだったのではないでしょうか。

何やら画面はずっと暗いし、怖いのが急に来そうで身構えて緊張するし。
一話目から人物はたくさん出てくるけど、新しい人ばかり出てきて話がちっとも前に進まない。
「これ一体何のドラマ? もう見るの嫌なんだけど」
「えー、もう一話見るの? やだやだ」
これらは私の妻の言葉ですが、できれば一緒に見たい私がその場に妻を繋ぎ止めるのに、どれほど苦労したことか…。
それはともかく、暗さと深刻さが支配する序盤は妻の反応も当然と言えば当然。本作の豪華キャストたちは、それでも視聴者を画面に繋いでおくためにこそ絶対不可欠な要素だったはず。

ただこの不親切な構成は、原作マンガでも実は同じ。登場人物は毎話変わり、不穏な空気を漂わすだけで、読者は何のマンガなのかしばらく分かりません。
ここで、原作WEBマンガ連載当時の読者の反応を引用しましょう。連載プラットフォームであるKAKAO WEBTOONは読者たちのコメント合戦も読みどころの一つなのですが、特に本作のような読者の忍耐が求められる作品では、このコメント欄が果たす役割は非常に大きいもののように見えます。

連載サイトKAKAO WEBTOONコメント欄

あー、マジでストーリーが分かりません笑
「理解できない」と言うと、「バカだな」、「こんなのも分からないのか」などと言う人が絶対にいるでしょうけど
私だけじゃなくてかなり多くの人がストーリー理解不能状態
これはもうマンガの方に問題があるんじゃないでしょうか?
これまでカン・プルのマンガは欠かさず読んできたし、いつも面白かったのに…
今回だけは本当に分からない(中略)
何から何までめちゃくちゃ(涙を表す顔文字)

頭に付いた【BEST】は、コメントに対して共感が多かったものに与えられる冠なのですが、こういった作品への不満を表すコメントもあれば、思わず噴き出してしまうような笑えるツッコミ的コメントも。
原作マンガの第3話を例にご紹介しましょう。ドラマでも何度も印象的に登場する、暗い路地。高校生のジウンが、この路地を通るのが怖いので歌を歌いながら歩くシーンがありますが、原作マンガの方から少しだけ引用させていただきます(♫はジウンが歌っている部分で、韓国では有名な曲なのですが、詳しくは後述)。

路地の入口で身をこわばらせるジウン
"あー、あー、あー!"
"♫ 風が~"
"♫ 吹いて来るところ~"
♫ そっちに向かうよ
♫ 君の髪のように 揺れる木の下に
♫ ガタンゴトン 揺れる汽車にもたれて
手紙を書くよ
♫ 夢に見た道
そこに立ってるんだ

前回の記事でも書いたような、ここもウェブトゥーンならではの巻物演出。タテに伸びていく暗い路地と、やはりタテに流れる歌詞字幕とが相まって迫力ある場面なのですが、第3話に付いたBESTコメントはこちら。

連載サイトKAKAO WEBTOONコメント欄

街灯設置してほしいって申請しようぜ。いや、俺が怖いから言うんじゃなくて

もう一つ、これも笑ってしまいます。

連載サイトKAKAO WEBTOONコメント欄

この怖い路地、長さは果たして何メートルでしょうか?

歌われている曲『風が吹いて来るところ』は3分39秒=219/60(分)
人が歩く平均速度は時速4km/h=4000/60=66.6(m/分)
路地の長さ219/60 x 66.6 =243メートルですね…。

路地にしては長すぎやしないですか?

怖さをまぎらわすためなのか、それとも【BEST】をねらったツッコミなのかは分かりませんが、こんなコメントのお陰で、作品の重たい雰囲気からこちらが少し解放されるのも事実。さらにはこのコメント合戦に作者カン・プル自身も参加してふざけたりするので、実はツッコミどころが多い本作は、本編の深刻なムードと、コメント欄で見られる軽妙さとの絶妙なバランスも魅力の一つでした。

さて、ドラマの話に戻りましょう。そんな原作から入った私も、ドラマ版のあの場面には驚きました。展開自体は分かっていましたが、ここの見せ方はまさにドラマならでは。どの場面か分かっていただくよう、原作で言うとここ、というのが分かる一コマだけを引用させていただきます(ネタバレを警告しておきながらこの細心さ)。

CDプレイヤーが再生しているのは、暗い路地でジウンが歌っていたキム・グァンソク*1 の代表曲の一つ『風が吹いて来るところ』*2。マンガでは音楽を流せませんが(前回記事のような例外もありますが*3)、ドラマではこのイヤホンのアップ、その音漏れから始まり、カメラがググッと上がっていって…。

ここは私、ハッキリ言って興奮しました! 本作のメインアイデアが明かされる瞬間でもありますが、ゆるやかな移動撮影で写される、ある現実。画面に写されているものとはあまりにミスマッチのように聞こえる、どこかのんびりしたおおらかな歌声と歌詞。居心地の悪いような、奇妙な清々しさとでも言いましょうか。(私を含め)多くの視聴者の、このドラマに付き合ってきた苦労が報われる瞬間だったように思います。

ただ、ですね…。
大変残念なことに、ここで流れる曲の歌詞に、日本語字幕は付いていませんでした(涙)。これはディズニープラスや日本語チームの怠慢ということではなく、おそらく権利の問題か何か、事情があって付けることができなかったのでしょう。
そうでなければ字幕を欠かすことはありえないくらい、本作に関わる大きな意味がこの曲の歌詞には込められているからです。

歌手キム・グァンソクについて、今回は多く書きません。韓国マンガだけでなく、何かしら韓国文化に触れていれば、必ずどこかで知ることになる歌手とだけご紹介しておきます。そして、この『風が吹いて来るところ』は彼の数ある名曲の一つなのですが。

「風」は韓国語で書けば「바람」。日本語の読みでパラムと書いておきますが、この「바람」には韓国語で「願い」という意味があります。
同じ言葉が「風」でもあり、「願い」でもあるのが韓国語に限らないコトバの面白いところですが*4、ともあれ本作において、暗がりを進もうとする高校生が勇気を出そうと口ずさむこの曲は、パク・ボヨン扮する看護師が患者にイヤホンで聞かせようとするこの曲は、そしてあの路地裏で、右往左往する登場人物たちに聞こえてくるこの曲は、実は「願い」そのものでもあったのでしょう。「風が吹いて来るところ」とは、「願いが届くところ」とも訳すことができるのです。本作は90年代から広く知られる有名曲を、新しく解釈し、新鮮な形で使ってみせてくれました。
ドラマを見た方であれば、本作のテーマが「命」であり、「願い」であることは言うまでもありません。病室のあのシーンが最高だっただけに、歌詞のストレートな翻訳だけでも、ここは字幕を付けてほしかった。

"あなたの意識が戻ったのも もしかしたら…
誰かの願い(=바람)だったかもね"

そういえば、先ほどご紹介したコメント欄には、こんなBESTコメントもありました。

連載サイトKAKAO WEBTOONコメント欄

조명가게(照明店)の意味:命を助けるで「助命」(つまり助命店)

※筆者注※
韓国語で「照明」と「助命」は、発音・スペルとも同じ「ジョミョン」

何という発見! これがその通りなら『照明店の客人たち』、実はタイトルから大胆にネタバレしていたことになりますが、これは作者の狙いか偶然か…
いつもならコメント欄に頻繁に登場し、大いにふざける作者カン・プルも、このコメントには今のところ沈黙を貫いています。


*1 キム・グァンソクのハングル表記は김광석。漢字表記は金光石。
*2 原題は『바람이 불어오는 곳』。
*3 前回の記事【『未生:第二部』邦訳版出版への道②TV放送10周年記念イベントと第13話について】を参照。
*4 바람という言葉は、「風」、「願い」という意味に加えて「浮気」という意味もあるクセモノ。

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