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「太宰治へ」(連載小説)(十)

自分は絵が描くのが好きである。なんのこれに関してはあの人の影響でもなんでもない。
 絵というものはおのれの気持ちを一番表現しにくいものでもあると自分は心得ている。しかしまたそのもどかしさに惚れたのだ。けれども自分はなかなか、完成品までやりきらなかった。これを含めてまだ三枚しか描いていないのである。他のものはすべて捨てた。別にヤケクソになった訳ではない。やはり、イマイチであったからであろうか。 
 その時の自分の気持ちが全くもって今の自分には理解出来ない。完璧主義者であったことくらいしか知らない。どうやら過去の自分は別人であるらしい。

 初めて完成したもので描いたのは、富士である。どうしても、富士を見たかった。と親に言ったがそんなことはない。ただなんとなくである。この富士には白い雪が被っていない。青色を凝視した。その当時の自分は実に孤独であった。青春は孤独にいくつかの偏見を持ち合わせていると言うが、孤独もまた、青春にいくつかの偏見と不安とを持ち合わせているのである。そして自分は青春という青を睨みつけてやったのだ。
 しかし自分は先程孤独であったと称したが、自分は世間から見ると、孤独であったとは言いずらい立ち位置であった。友達はいた。親友がいないだけだ。おまえといったらこいつという偏見がもたれないだけであった。
しかし、その自分の悲しき状況を自分は孤独と思っている。仮面を被って接すれば、それは完全に他のものと完全に遮断されているのと同じだからだ。
 雪がない富士は、やはり率直で格好が良い。

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