バニラアイス・5・彼のプレゼント
酔っぱらいの乗客は嫌いだ。
威圧的で強気だから。
本当は、関わりたくない。
だけど、あの人は助けてくれた。
涙が出そうなほどうれしくて、でもどうしていいのかわからなくて、あの人がいつも降りる駅でバニラアイスを渡した。
声がうまくでなくて、言葉が見つからなかったけれど、あの人はやさしく微笑んでくれた。
心臓がバクバクした。
ドキドキしながら仕事を終えたとたんに、今度は別の意味でドキドキしてきた。
バニラアイスを渡して、変な人だと思われたかもしれない。
いつもバニラアイスを食べていると知っている、ストーカーだと思われたらどうしよう。
それに、わたしはあの人のことを覚えていたけれど、あの人はわたしなんかのことは覚えていない。
困っている人をほっとけなかっただけで、きっと他の人が困っていても、あの人は助けたんじゃないかな。
…どうしよう。
うれしくて、おかしなことをしてしまった。
また、ルートを間違えた。
わたしはいつもそうだ。
自分の気持ちばっかり押しつけてしまうから、人とうまく関わることができない。
家に着く頃には、後悔につつまれてしまった。
間違えた。
ほんと、間違えた。
パソコンのスイッチを入れて、画面が立ち上がるのを待つ。
なにしてるんだろう。
わたしは、人間の姿を借りて生活に必要な分の収入を得るためのミッションをこなしていればいい。
そこに、余計な感情なんて必要ない。
あの人が新幹線に乗る駅や曜日はいつも同じだ。
それなのに、その駅に着くとなぜかそわそわしてしまう。
きっと今日は乗らないってわかっているのに、落ち着かない。
そのそわそわは、後悔なのかなんなのか、自分でもわからない。
話をしたいのか、したくないのか、それもわからない。
いやいや、違う。
あの人は、わたしのことなんて覚えてない。
だから、気にする必要なんてない。
バカみたいにどきどきしたけれど、あの人は今週は新幹線に乗らなかった。
スーツ姿の乗客にドキリとしてしまったけれど、あの人じゃなかった。
もしかして、変な乗務員がいると思ったのかもしれない。
そもそも、毎週乗るとは限らないのに、なにを期待したのだろう。
浮かれてた自分が笑えた。
わたしは、ゲームだけしていられたら、それで十分なのに。
次の週も、彼は乗らなかった。
いつも同じ席に乗っていたのはどうしてなんだろう。
その席からなにか見えるものがあるのだろうか?
「すみません、バニラアイスください。」
気を落としたって仕方ないし、もし彼が乗っていたところで、なにを話す気だったんだろう。
そう思いながら、声をかけられた方へ笑顔を向ける。
「ありがとうございます。」
そういって、視線を向けて息が止まりそうになった。
あの人が、そこにいた。
「バニラアイスお願いします。」
「は、はい!」
落ち着かなきゃと思うのに、心臓がバクバクして手がうまく動かない。
ドキドキするし、顔が熱いような気がする。
「200円です。」
「はい。」
手のひらに百円玉が2枚乗せられた。
「ありがとうございます。」
小さな袋に入れたバニラアイスを渡す。
次に会えたら、何か話しかけてみようか。
そう思って、何度も何度も頭の中でシミュレーションを重ねたけれど、今はなにも思い出せない。
空想の中と、現実は、全然違う…。
カートのストッパーを外して、押し出そうとした瞬間だった。
「あの。」
窓側に座る彼の隣の席は、今日は空席で、彼はそっちに移動して遠慮がちに小さな包みを差し出している。
「嫌いじゃなかったら、どうぞ。」
「?」
ドキドキするし、なにがなんだかわからないけれど、受け取る。
「いらなかったら、捨ててください。」
「い、いえ。」
中身がなんだかわからないけれど、ドキドキしながら受け取った。
そこで開けるわけにもいかずに、カートの隅に乗せてお礼を言って仕事を続ける。
早く休憩にならないかな。
そわそわしながら巡回を終えて休憩室にいそぐ。
手のひらサイズの包みを開けると、中からメモ帳が出てきた。
「!!!」
わたしが大好きなキャラクターのメモ帳だ。
どうして知っているのだろう?
あの時のメモ帳を見たから?
もしかして、彼もこのキャラクターを知っているの?
聞きたいことと、ドキドキがあふれ出してしまいそうだ。
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