バニラアイス・6・バニラアイスの彼女
ぼくがいつも同じ席を取るのは、特に理由なんてない。
同じ車両を取れば、乗り込むホームの位置や車内のトイレの位置なんかも、いちいち確認しなくていいから。
理由をつけるとしたら、それくらい。
久しぶりにログインしたあのゲームでは、プレイヤーがみんな彼女に思えてしまってドギマギした。
中2病ってやつかと、なんだか笑いが込み上げたけれど、嫌な気持ちには全然ならなくて驚いた。
そのまま、ネットの画面の中を当てもなくさまよっていると、期間限定のグッズ販売の画面にたどり着いた。
胸がバクバクする。
正気に戻った時には、画面には「ご購入ありがとうございます」というメッセージが表示されていた。
…お礼のお礼、なんて変だろうか。
いや、そもそもぼくは始めのメモのお礼をしてないんだから、それってことで大丈夫だよ。
…大丈夫だろうか。
これからもきっと新幹線には乗るだろう。
彼女だって、仕事だから新幹線にいるだろう。
気まずくなったらどうしよう。
もうバニラアイスを買わなきゃいいだけ。
そもそも、車内販売なんていらないとか思ってたじゃないか。
もしくは、寝たふりでもしてしまえばいい。
なんて、不安に包まれそうになる。
でも。
彼女は、嫌な顔をするだろうか。
もし本当に迷惑だったとして、邪険にするだろうか。
…そんなこと、する人には思えない。
注文したメモ帳が届いてからも、小さなことであたふたする自分に驚いた。
それなりに年を重ねていて、それなりに知識だとか経験だとか、あると思っていた。
でも、こんな小さなプレゼントの渡し方ひとつに右往左往するなんて。
会社の女の子に、ラッピング用品がどこで売っているか、なんて尋ねてしまった。
プライベートな話なんて全くしたことがなかったのに、親切にいろいろアドバイスをしてくれた。
仕事帰りによったお店のラッピング用品売り場で、うんうんうなりながらあれこれと悩んだことは、誰にも知られたくない。
正直にいうと、ラッピングなんてそれほど意味があると思ったことはない。
プレゼントを買うと、それなりに見栄えがいいようにしてくれる、当たり前のサービスだとすら思っていた。
…だけど。
世の中に、当たり前のサービスなんてないのかもしれない。
ラッピングだって、誰が始めたのかはわからないけれど、相手を喜ばせるために一生懸命考えた方法なんだろう。
…今のぼくのように。
彼女がどこに住んでいて、名前がなにかってことすら知らない。
それなのに、気づけば彼女のことばかり考えてしまうんだ。
次はいつ会えるだろう。
彼女は驚くだろうか。
困ったような顔をするだろうか。
いつもは面倒な週末の運転も、帰りは新幹線に乗れると思ったら、表情がゆるんでいたようだ。
上司に不審に思われたけれど、絶対に言わない。
嫌で嫌で仕方なかったことまで、それほど大したことじゃないなんて思えてしまうなんて、彼女の存在で気持ちがこんなに変化するなんて不思議だ。
新幹線のチケットを持って、ドキドキしたまま乗り込んだ。
いつもの席は埋まっていて、少し後ろの席を取った。
いつもはピッタリと閉めているカバンを、少し開けたままにして、小さな紙袋がシワになっていないか確認する。
ドキドキして、昨日は何度も目が覚めてしまった。
今朝も早起きだったから、睡魔におそわれる。
「…いかがですか。」
ハッと気づいたときに、彼女の後姿が見えた。
ぼくの横はすでに通り過ぎてしまっている。
次のタイミングにしようか…。
いや、このチャンスを逃したらダメだ。
「すみません、バニラアイスください。」
そう声をかけると、彼女は笑顔で振り返った。
「ありがとうございます。」
「バニラアイスお願いします。」
「は、はい。」
彼女はいつものように、手際よくケースからアイスを取り出す。
彼女の小さな手のひらに、百円玉をふたつ乗せた。
コインから、ぼくの頭の中のことが伝わってしまわないだろうか。
…なんて。
「あの、嫌いじゃなかったらどうぞ。」
彼女の小さな手に、紙袋が渡った。
安堵と共に、恥ずかしさとかうれしさとか、いろんな気持ちがごちゃまぜになった。
ほてるカラダに、バニラアイスが冷たくて心地よかった。
いつもの駅で降りるために、デッキへ向かうと彼女が立っていた。
「あの、ありがとうございます。
ど、どうして…。」
ゲームのキャラクターのことをいっているのだろうか。
ぼくも、ドギマギしていたはずなのに、全身で緊張している彼女を見ていたら、不思議と微笑ましい気持ちになって冷静になった。
「ぼくも、すきなんです。
今度よかったら、一緒に遊びませんか?」
「は、はい。」
「…それと。」
ぼくは、彼女の電話番号が書かれているメモ帳をしっかりとにぎりしめて、幸せな気持ちを抱えたまま、新幹線を降りた。
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