仙華幻録 第二話 幽居の錬丹術師・凛霄
■凛霄の家の中
たくさんの本棚に囲まれ、本がぎっしり並んでいる。入りきらない分は床に積んである。
愛華「凄い量ですね。本がお好きなんですか?」
凛霄「食料は台所にある。好きに使え」
愛華「え、あ……」
凛霄はぷいっと背を向け本棚の前に座る。
愛華は話しかけようとするけれど、話しかけるなオーラが出ているので諦めて台所へ向かう。
■台所
愛華は食材を見ていく。
愛華「えーっと……」
あるのは米や小麦の穀物と米麹。魚や肉、野菜などを干した乾物や塩漬け食品。
愛華(これだけ? 備蓄品じゃないこれ。というか)
台所を見回すと、調理している形跡はない。
愛華(まさかそのまま食べてるのかな。なんで街を離れて備蓄生活なんてしてるんだろう)
愛華(まあいいや。なにか作ろう。お肉と野菜はあるから炒め物と煮物はできるかな。汁物と、あ、蜂蜜がある。米麹があるからお団子にしようかな)
愛華は他にも何かないか棚を開いてみる。香辛料などは一切無い。
飲み物は水瓶があるだけで、お茶や酒類なども無い。
愛華(……甘酒でも作っておこうかしら)
愛華は料理を始める。
愛華の手料理がが凛霄の心を解くきっかけになるので、料理はしっかりと美味しそうに描く。
愛華(凛霄様も召し上がるかしら。材料をいただいておいて自分だけっていうのはさすがに)
愛華は食器を取り出す。
愛華(どれも一人分が最低限……)
部屋を見回し、殺風景で物が少なく寂しい雰囲気がする。
愛華は凛霄のことが気になり考え込む。
愛華(まあいいや。とにかく作っちゃおう)
愛華は料理を続ける。
■居間
愛華は机に食器を並べ料理を盛り付け凛霄を呼びに行く。
■凛霄が読書してる部屋
愛華「凛霄様。よろしければ一緒にいかがでしょうか」
凛霄「昼は食べた」
愛華「簡単な糖食も作りました。甘い物はお嫌いですか?」
愛華は作った団子を差し出す。
トッピングは蜂蜜を添えている。
凛霄「……こんな物は無かったはずだ」
愛華「作りました。もち米じゃないので食感は柔らかくなってしまいましたが」
凛霄は不思議そうに目をぱちくりさせ、おそるおそる団子を一つ口に入れる。次第に目を輝かせていく。
興味を持ってくれて愛華は嬉しくなり笑顔になる。
愛華「お料理もいくつか作りました。ご一緒にいかがですか」
凛霄「もらう」
愛華「よかった。ではこちらへ」
凛霄はしゃきっと立ち上がる。
愛華は凛霄を連れて居間へ移る。
■居間
料理を見て凛霄は子供のように無邪気な顔で目を輝かせる。
愛華はくすっと笑う。
愛華「お掛け下さい。今汁物を持って参りますので」
凛霄はきらきらと目を輝かせたまま無言で頷き椅子に座る。
愛華が汁物を取りに行き戻って来ると、食卓はすでに食べ尽くされていた。
愛華「まあ、完食ですね」
凛霄「……はっ!」
凛霄すべて食べてしまったことに気付いて頭を下げる。
凛霄「すまない。食べてしまった」
愛華「喜んで頂けたのなら嬉しいです。まだあるのでお持ちしますね」
凛霄「いや、あんたが食え。腹が減ってるんだろう」
愛華「はい。なので一緒に」
凛霄「……手伝う」
愛華「よろしいんですか? では使える食器があればいただきたいです。料理のほうが多くて」
凛霄「ある。ちょっと待ってろ」
凛霄はばたばたと何処かへ行き、がたがたと物音がする。
走って戻って来ると手に食器を持っていて、せっせと洗い出す。
夢中な姿に、愛華はくすくすと笑う。
大皿や小鉢など、たくさんの食器を使って料理を並べる。
凛霄はばくばくと食べる。
愛華(見た目に反してよく食べる)
凛霄の外見を描く。
色白で痩せていて、とても儚げな雰囲気。顔立ちが整っていて、上品に食べそうな印象を与える外見。
愛華「甘酒も作っておいたので、何日かしたら飲んで下さい。数日ならもつので」
凛霄「なんでも作れるんだな」
愛華「簡単な物だけです。家庭料理程度しか作れません」
凛霄「十分凄い。俺はずっとここで一人だから、そういうのを知らない」
愛華「ずっとですか? お一人で?」
凛霄「ああ。美味い」
愛華(孤児だったなら国に保護をしてもらえると思うけど……)
愛華は食べながら、必死に食べる凛霄をちらりと見る。
愛華(行きずりで踏み込んだことを聞くものじゃないわよね)
愛華は気を取り直してにこりと微笑む。
愛華「お庭が広いですし、香辛料になる植物を育てると良いかもしれませんね。柑橘類があれば陳皮を作れますし、薄荷は風味が変わるので面白いと思いますよ」
凛霄「なんだそれは」
愛華「見たことないですか? 小さくて丸っこい葉っぱで、鮮やかな緑色をしてます。つややかですけど、細かな鋸歯状の切れ込みがあるんです」
凛霄「……葉っぱなんてどれもそんなだろう」
愛華「味わいが違うんです。清涼感があって、独特な香りなんです」
凛霄「分からん」
愛華「えーっと、こう……うーん……実物をお見せできれば良いんですけど――きゃあっ!」
愛華が薄荷を脳内でイメージした途端に髪から薄荷が生えてくる。
愛華も凛霄も驚き立ち上がる。
凛霄「これは……」
愛華「どうしてまた! なに、なんで!」
凛霄はじっと愛華を見つめる。
その間にもどんどん薄荷が生えてくる。
愛華「いやっ! いや!」
凛霄は愛華に近づき、愛華から生えた薄荷をつまんでぱくりと頬張る。
凛霄「生で食す物ではないな。なにに使うんだこれは」
愛華「え?」
凛霄「香辛料だったか? どう使うんだ」
愛華「え……みじん切りにしたり……お茶にしても良いですし……」
凛霄「へえ。薬っぽい匂いだが美味いのか?」
愛華「そのまま食べるというより香りづけです。それも好みが分かれると思いますけど……あれ?」
愛華は薄荷が生えなくなっていることに気付く。
愛華「止まった?」
凛霄「それはあんたの感情に共鳴する。目的を果たせばそれで終わりだ」
愛華「わかるんですか!? あの、これ、これを治したいんです!」
凛霄「悪いが本で読んだことがあるだけだ。直し方は知らない」
凛霄は本棚から一冊の本を取り出し開く。
たくさんの花の絵が描いてある。
凛霄「花守とは花を司る神仙の守り人を指す。そいつの紹介だと言ったな」
愛華「そうです! 凛霄様も神仙でいらっしゃるのですか!?」
凛霄「違う。わかることは教えてやるから少し落ち着け」
愛華「んぐっ」
凛霄が団子を愛華の口に押し込む。薄荷を拾い愛華の手に乗せる。
凛霄「茶になるんだろう? 淹れてくれ。料理も残りをすべてくれ」
愛華「はい……」
ミントティーを淹れた愛華。
凛霄はそれを飲み、うーん、と首を傾げる。
凛霄「いまいちだな。すーすーするのは好かん」
愛華「好みがわかれる物ですから。それで、あの、これは一体なんなんでしょうか」
愛華は、愛華から生えたミントを摘まむ
凛霄「神仙絡みだよ。花守とやらになにかされたんじゃないのか?」
愛華「花の種をもらいました。それを植えたんですけど、一日もしないうちに咲いたんです。そうしたらこの状態になって……」
凛霄「ふん。種を通じて神仙の力を植え付けられたのかもしれないな」
愛華「神仙……それは、治していただけるんでしょうか……」
凛霄「……花守は俺なら治せると言ったんだな」
愛華「はい。お知り合いなんですか?」
凛霄「知らん。俺はこの土地から外へ出たことはないし訪ねて来る者もいない」
愛華「それはどうして――っ」
凛霄に睨まれ、愛華はびくりと震える。
愛華「すみません……」
凛霄はため息を吐いて団子を頬張る。団子は残り一個になる。
凛霄「俺なら治せるというのは、おそらく錬丹術を指しているんだろう。錬丹術がなんだか知ってるか?」
愛華「いいえ。神仙の術でしょうか」
凛霄「違う。ただの薬剤師だ」
愛華「え?」
凛霄「錬丹術は一般では流通しない薬を作る。市販の薬は研究に基づき効果効能が宣言されているな。だが俺は違う。薬っぽいものを作るが常に独創。それも医療目的とは限らない。中には不老不死を追求する奴もいる。そういう神秘性だけを先行して捉えたんだろう。きっと不思議な現象を治せるだろうって」
愛華「じゃあ、治らないんですか……」
凛霄「俺では治せない。すまないな」
愛華「そう……ですか……」
愛華がっくりと肩を落とす。
凛霄「俺は治せないが、治せる人物に心当たりならある」
愛華「え!? 誰ですか!?」
凛霄「錬丹術の祖、太上老君だ。全ての神仙を司り、人の世を守る方」
愛華「そんな方にお会いできるんですか!?」
凛霄「さあ。俺は見たことも会ったこともない」
愛華「では私からおうかがいします。どこにいらっしゃるんですか?」
凛霄「さあ。知り合いでもないし、聞いたこともない」
愛華「そう……ですか……」
愛華は再びがっくりと肩をお倒すが、凛霄はくすっと笑う。
凛霄「わからないなら調べればいいだろ。この近くに月老という仙がいる」
愛華「いるって、そんな普通にそこらへんにいらっしゃるわけじゃないですよね」
凛霄「いる奴はいる。月老は自らの社の中でのみ姿を見せると聞く。同じ神仙なら太上老君の居場所を知っているかもしれない。なんなら治せるかもしれない」
愛華「そっか。そうですよね!」
凛霄「まずは月老を訪ねてみよう。少し歩くから簡単な旅支度をした方が良いな。携帯食は作れるか。美味いのがいい。俺は魚より肉が好きだ」
愛華はぽかんとする
愛華「一緒に……来て、くださるんですか……」
凛霄「ここで放り出すほど人でなしじゃないさ。それに美味い」
凛霄は最後の団子をぽいっと口に放り込む。
凛霄「糖食は好きだ。香草はやめてくれ」
愛華「はいっ!」
愛華と凛霄は笑顔になる。
(第二話 終了)
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