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「宮廷妖鬼調査省 鳳凰の行く末」 第三話 皇太子の謀略 

■北の森
小鳥が詩響の周りを飛んでぴいぴいと鳴いている。
詩響は楽譜を見ながら歩いていると、木の根に足を取られて転ぶ。

詩響「きゃあっ!」
夏睿「どんくせーな。手なんて貸さねえぞ。一人で立て」

夏睿は足を止めることも振り向くこともなくすたすたと歩いて行く。
詩響は転んだまま苛立ちを露わにする。

詩響(何なのよ! 態度悪すぎるでしょ! こんなのが皇太子でいいの!?)

夏睿はくるりと詩響を振り返り、見下して露骨に大きなため息を吐く。

夏睿「いつまで転んでんだよ。さっさと案内。どっちだよ」
詩響「あっちです!」

詩響は荒々しく立ち上がりどすどす歩く。

詩響(皇太子殿下ってもっと素敵な人だと思ってたわ。清く正しく美しく)

夏睿の爽やかな好青年の姿を詩響の脳内で思い出してる様子を描く。
詩響はちらりと夏睿を見ると、夏睿はまじまじと楽譜を見ている。

夏睿「歩き方に反して字は綺麗だな」
詩響「えーえーそうでしょうね! 廉心が書いたんですから!」
夏睿「なんで自分で書かねえの。あ、学がないから書けねえのか。悪い悪い。弟が勤勉だからってお前もそうとは限らないよな」

夏睿は馬鹿にしたように、あはは、と声を上げて笑う。
詩響はさらに苛立ちを募らせ、顔を引きつらせる。

詩響(なんなのこの人! 本当に皇太子なの!?)

詩響はどすどすと荒々しく歩き続けるが、夏睿がぺんっと楽譜で詩響の頭を叩く。

夏睿「おいこら。ここさっきも通ったぞ」
詩響「でもここを歩いてたって言ってますよ」

詩響は鳥を見上げて歌う。

詩響「~♪」

歌う描写をきらきらと美しく。
ここまで馬鹿にし続けていた夏睿が魅入る。

夏睿「……へえ」
詩響「ここをぐるぐるしてたみたいです。すみません。聞き方が悪かったみたいで」
夏睿「聞き方ってなんだよ」
詩響「妖鬼はどこから来たのかって聞いてたんです。だから歩いてた場所をそのまま案内してくれたみたいです」
夏睿「連中がここを何度も歩いてたってことか?」
詩響「そうじゃないですか?」
夏睿「ふうん。それが今の歌で会話になってたと」
詩響「はい。ただ犬と違って鳥は難しいんですよね」
夏睿「種族で難易度が違うのか」
詩響「難易度というか、私が会話した回数です。村の犬は毎日同じ子で日に何度も会えますけど、鳥って気まぐれだし同じ子がくるわけじゃないので」
夏睿「分析回数が足りないのか。けどこれ本当に楽譜か? 俺の知ってる楽譜とは違うぞ」
詩響「これは廉心独自の書式です。村は書院がないのでほとんどのことが独学になるんです」
夏睿「ふうん。まあ楽譜の書式なんて俺も歌謡団に聞かなきゃ分からんけど」
詩響「歌謡団……」

詩響はごくりと喉を鳴らし、恐る恐る夏睿に尋ねる。

詩響「あの、宮廷にも歌謡団がいるんでしょうか」
夏睿「専属は後宮歌謡団だな。他は民間から招待する」
詩響「へえ……」

詩響(きっと綺麗な衣装なんだろうな)

詩響うっとりする。
夏睿は詩響が歌謡団に憧れていることに気づく。

夏睿「入団試験費用は一万元だぞ」
詩響「え!?」
夏睿「試験会場は宮廷だから交通費と、衣装も化粧も自前。雑費が結構かかるな」
詩響「衣装!? 衣装も必要なのですか!?」
夏睿「当然。お洒落も重要な資質だからな」

詩響(そんな余計な物を買うお金なんてないわ……)

夏睿「礼儀作法含め教養全般の試験もある。お前の歩き方じゃ試験会場に入ることすら許されない」

夏睿は馬鹿にしたように鼻で笑い、詩響はいらっとしたけれど言い返さずぷいっと目を逸らす。

詩響(私は分相応な生活を送ればいいのよ。今は廉心の学費!)

詩響は気を新たに夏睿へ向き直る。

詩響「書院の学費ってどれくらいなんでしょうか」
夏睿「色々だな。なに目指してんだよ」
詩響「できれば宮廷の中で安全に働けたらいいなー……なんて……」
夏睿「官僚か? なら書院じゃなくて太学だな。学費はそう高くはないが、それなりの身分が必要になる」
詩響「身分!? え、それって、長老様の紹介でも……いいですかね……」
夏睿「駄目に決まってんだろ。最低限、宮廷で働いてる誰かしらだ」
詩響「ですよね……」

詩響はがっくりと肩を落とすが、それを見て夏睿はにやりと妖しい笑みを浮かべる。

夏睿「俺は庶民を太学へ推薦入学させたことがあるぞ」
詩響「え!?」
夏睿「廉心は優秀だな。太学でも良い成績が望めるだろう」
詩響「……あの、ご相談が……」

詩響は真剣な顔で夏睿を見つめるが、夏睿はにやにやと笑っている。

夏睿「子供の未来は国の未来。先行投資は惜しまない主義だ。推薦してやってもいい」
詩響「本当ですか!?」
夏睿「ただし! 条件がある」
詩響「なんでしょう! 私でできることならなんでもいたします!」
夏睿「なんでもか」
詩響「はい! あ、妖鬼言語の分析はどうでしょう! 犬や鳥より感情があからさまなので時間はかからないと思います!」
夏睿「それはいいな。だがそれだけでは足りない」
詩響「足りませんか。でも私にできることなんて……」

詩響は真剣に悩むが、夏睿はあくどい笑みを浮かべて詩響にずいっと顔を近づける。

夏睿「俺は敵が多くてな。早急に皇太子としての地位を確実なものにしたいと思ってる」
詩響「既に皇太子でいらっしゃるじゃないですか」
夏睿「あぁ? さてはお前政治に興味ねえな」
詩響「……」
夏睿「俺は皇族の直系じゃない。相応しい後継者が生まれれば取って代わられる可能性がある。これが困る」
詩響「はあ……」
夏睿「皇太子の座が確実になった時とは次期皇帝の座が確定した時だ。それに必要なものが俺にはない。手に入れるに難があると言ったほうが良いか」

夏睿はじっと詩響を見つめ、髪をするりと撫でる。

詩響「え、な、なんですか」
夏睿「赤い髪は良い。赤は禁色。鳳凰国を代表する女に相応しい」

詩響は一瞬きょとんとするが、はっと気付いて慌てて夏睿の顔を見上げる。

詩響「あの、ま、まさか」

夏睿はにやりと妖しくも美しい笑みを浮かべる。

夏睿「お前には皇太子妃になってもらう」
詩響「は!?」
夏睿「妃の有無は影響が大きい。特に後宮では不戦敗決定だ」
詩響「お待ちください! それこそ身分の良い姫君がいるはずです!」
夏睿「俺にとって大事なのは身分じゃない」

夏睿は詩響の髪から手を離し森を見渡す。

夏睿「今やるべきは妖鬼の鎮圧。弟を守るため妖鬼へ立ち向かう、お前の技能と度胸は戦場を駆る皇太子に相応しい。なにより政治に興味がなく大切なものは家族というのが良い。家族さえ握れば権力を求めず俺の良いように動いてくれるんだからな」
詩響「!」

夏睿は詩響を木に押し付け顎を掴む。

夏睿「廉心は太学へ入れてやる。科挙を通れば俺直属の文官として採用することを約束しよう」
詩響「……その代わり私は皇太子妃をやれと」
夏睿「そうだ。良い条件だろう? 後宮は華やかで贅沢し放題だぞ」

夏睿はくすくすと笑うが、詩響はぎっと夏睿を睨みつける。

詩響(嘘よ。廉心が皇太子妃は大変だって言ってたわ。呑気に過ごせるわけがない。けど……)

詩響は顎を掴んでいる夏睿の手を払いのけ睨みつける。

詩響「ならばもう一つお願いがございます」
夏睿「皇太子に条件を出すとは肝が据わってるな。悪くない。なんだ」
詩響「母が病に臥せっております。私と廉心が村を離れては、父一人の給料では薬代を賄えません。なので」
夏睿「なら母君は国営の病院へ転院させ国最高の治療を施そう。父君の仕事はその病院に用意する。廉心と父君には屋敷を用意するから家族で住め。お前は後宮に入ってもらうがな」
詩響「……病院に仕事に家までご用意いただけるのですか?」
夏睿「ん? そういう希望だろう?」

詩響(私にもお給料くださいって言うつもりだったんだけど)

夏睿「安心しろ。これは廉心の先行投資費用に含めてやる。お前たちが挫折しても放り出したりしないさ」
詩響「はい! 有難うございます!」
夏睿「それは承諾の回答と取っていいのかな」

詩響(廉心は太学に入れてお母さんは良い治療が受けられる。これだけでも十分だわ)

詩響はぐっと拳を握りしめ、凜とした雰囲気で夏睿を見つめ返す。

詩響「皇太子妃、やらせていただきます!」

夏睿はにやりと悪人面でにやりと微笑む。

夏睿「気に入った。働いてもらうぞ、俺のために」

詩響は冷や汗をかきながらも懸命に睨み返す。

詩響(やってやるわよ。見てなさい、この悪徳皇太子!)

(第三話 終わり)

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