太古のいきものの骨ばかりの集落で
太古のいきものの骨ばかりの集落で
ひとびとは中でも大きめの骨の中に
住居をかまえて暮らしていた。
骨の中の空洞にテーブルを起き、竈を据え、眼窩には
カーテンをかけて。
太古のいきものの骨ばかりの集落では
高いところにある暗い窓から小さい、白い顔がのぞいていた。
開けっ放しの玄関の戸の隙間から、血管の浮き出たずんぐりした脚が二本、
にょっきりつき出していた。
その家の庭の芭蕉の葉はばさばさに裂けて、じっと動かず、音もたてずにわたしを手招いた。
太古のいきものの骨ばかりの集落で
母は水道メーターの検針をしていた。
私はたまに手伝った。
あすこの家のメーターは塀づたいに家をまわったところ、
あすこのは物置の裏、
などと言われて
よその家の奥や裏側へ、小さなからだをすべりこませた。
たくさんの目に見えない目に見据えられながら
私は言われたとおりに行っても
青いメーターのふたをすぐに見つけられることもあれば、
いくらきょろきょろ見回しても見つからないことも、あった。
そういうとき
母はさして困った顔もせず
さがせんかったか
と、ただそう言って自ら見に行った。
母の姿の消えた向こうから
じき機械を操作する電子音が聞こえた。
私はじっとして
よその家の門の前にたたずんでいた。
開け放しにされた窓の向こうのカーテンの隙間に
点けっぱなしのテレビと、畳のうえの動かない手首を見ながら
咽喉に長い指をかけられたようになって
母がはやく戻ってきてくれれば良いと思い立ち尽くしながら――
母はじき戻ってきた。
首からメーター検針用の機械をぶらさげて
肩にはペットボトルの入った茶色いバッグをかけて
私に塩飴と水をすすめてきた。
どっちもいらないと首をふると
飴はともかく水はちゃんと飲みなさい。
ぐい、と、小さな、肉付きの良い手に握られた
すっかりぬるくなったペットボトルをつき出してきた。
私は
ぬるい容器を受け取りながら
お母さん出て来たねえ。あすこから、出て来たねえ。
と、すっかりうれしくなってはしゃいでいた。
母は私からペットボトルを受け取りながら
出て来るさあ。
と、何でもなさそうに
言った。
ところで
私は覚えている。
そのとき色褪せた緑色のチェック柄の
よその家のカーテンは風もないのに微かに動き
かさかさに乾いた太古のいきものの骨は
生きたものの血を
いつまでも
いつまででも
吸い込んでいたことを。