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母親の苦しみも違和感も後悔も話す意味

プレジデントオンライン特集の3回目。石川さんのインタビューは、まるで自分のことかと思うほど共感した。彼女のインタビューに自分の名前が出てきた時はさらに驚いた。
私は、夫の協力を得られず、周囲から辛辣な言葉を浴びて苦労と後悔しながらも、愛情をもって3人の子育てをした母親と評価されがちだ。本の中でも、その役割を担った。
でも、子育てに苦労しなかったら、母親の立場になったことを後悔しなかったか、と問われれば、正直、自信がない。
子育てがある程度落ち着いたいまでさえ、やっぱり母親になって良かったと、過去の自分を肯定できないからだ。

プレーヤーとして実力があっても監督としては成功しない人がいて、その逆もあるように、母親に向いていない女の性をもった人もいる。
公園で楽しく笑う親子を見て、私だけが、子どもを捨てたいと思っているのかもしれないと思った。
後悔を口にすれば、そんな母親は存在しないと否定された。
私は私であるはずなのに、私の言葉はいつだって、娘、妻、母というフィルターをかけられ、その時々で都合よく封じ込められてきた。

世界中で紛争が起き、平和が当たり前とは思えない時代になった。適齢期の息子をもつ私は、いつか徴兵が始まりはしないかと時々不安になる。

なぜなら、弱さと違和感を口にできない社会だと感じてきたから。
男なら、若者なら、家族や両親が大切なら、国のために戦えと犠牲を強いられた人々がいて、いまの平和がある。戦争が終わればあっという間に忘れ去られて行く。
当時、男でも若くても家族が大事でも戦わない、別の方法があっていいと、たとえ思ったとしても、主張し対話し変えることはできなかった。
それと同様に、女だから、妻だから、母親だからと物言うことを許さない雰囲気がつくられる。
母の後悔は、子どもや誰かを傷つけるかもしれない。でもそれを封じたところで、傷つく人が減るわけでもない。

子どもを障害児にするな、お前が精神病院に行け
お母さんだけが、息子さんをわかってない
お母さんは掃除してないで、息子をみなさい
お母さんは息子の邪魔だ
君はホスピタリティがない
色々言われたな…

私も頑張ったから、あなたも頑張れる
母親なんだから
自分で選んだのだから

当たり前にかけられてきたこの呪いの言葉を、
少なくとも娘が母になるとき、言われることがない環境をつくりたい。
それが後悔を口にする意味だと思っている。