感電(ショートショート)

ひどい大雨だ。いつ雷が落ちてきてもおかしくない物騒な空をしている。
こういう時は、気持ちを明るく切り替えたいものだ。
「この資料、記入漏れてるよ」
「ちゃんとしっかり仕事してください」
いつか聞いた仕事仲間からの、痛烈な言葉に、へこたれる毎日を送っていたところだ。
こういう時は、飲み屋でも行って、気分をリセットしたい。
居酒屋で、ビールを頼もうと思った。
「すみません、生中ひとつ」
そしたら、お酒を提供できる時間が過ぎてるからダメだと言われた。
大きなため息をこぼして、ソフトドリンクを頼み適当に好きなものを頼んだ。
店員「申し訳ありませんお客さん」
私は、なんか悪いことをしたと思い「いや、謝られても、困りますよ、私が時間をみなかったのが悪い」と言って愛想笑いをした。
別に大変ですよねって、現状を共有したいわけではないのだけど、思いつく話題がそれしかない。
「今、コロナだから、飲食は大変でしょ」
店員「えぇ」
そらそうなるよな1+1=、2になりますよねと言ってるようなものだ。
店員「実はもう店を閉めようか悩んでいたんですよ、でもあなに会えたから開けといてよかった。」
その一言を聞いて、私は笑顔になった。
そして、テーブル席から見える小さなテレビを眺めた。
弟が、生み出したヒット曲を語るという番組がやっていた。
店員「今話題なんですよこの曲、かっこいいですよね」
私はよく存じているはずなのに、なんだか知らないふりをしたくなった。
「へー、そうなんですね、今度じっくり聴いてみようと思います」と言った。
店員「かっこいい曲だからおすすめですよ」と言って、しばらくの間沈黙が続いた。
この沈黙時間が長すぎたせいで、まだ実家のガレージに、四輪車があった子供の頃を思い出していた。
何で喧嘩したか覚えはないがよくしていた記憶はある。
弟がアーティスト気取りしやがって腹が立つから、またもう一度喧嘩でもしたいなと思った。
少し成長してから、俺たちは別々になって別れたっけ、思い出したくもないのに、思い出した。
むしゃくしゃする夜だから、洒落にならないくらいの喧嘩でも、あいつとやりたい。
あいつが、人々を感電させるヒット曲を生み出すから、悪いんだ。
あいつ、でもあんなに、テレビ出演してるから、儲かってるんだろうな。
俺もなんか才能があって、一発でいいから、人を魅了したい。
うん、つまり稲妻のような生き様、雷(努力の結晶)を落とすのに、必死になってる今の天気みたいな感じの、心躍る生き様を味わってみたいものだ。
弟に、茶々を入れたくなって、ツイッターのアカウントを探した。
ご丁寧に本名で活動しているから、多分本人だろうという過剰な自信から行動し、ダイレクトメッセージに、久しぶりと送ってみた。
ここまできたのだから、何か返事が返ってきて欲しいという気になって、神に祈ってみた。
それから、数分後に、弟からメッセージが来たのである。
どちら様ですか。というメッセージだった。
若干無視されるのではないかと思っていたので、高揚感に浸った。
それから、ラインを交換して、再開することになった。
分かれていた境界線が消えて、一つに交わった純情な感覚に苛まれた。
お互い若いし、今一瞬に過ぎ去る輝かしい時に、音楽を作ってみようか。
そう弟に、誘ってみることにした…………








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