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夏の静寂の中で~時を刻む古書と未来を映す新札

山梨県立文学館₁、そこはまるで時間がゆっくりと流れる別世界。古書が並ぶ書架の奥深くに、無数の物語が眠っている。

 静かな館内の空気に包まれ、私は月1回のペースでボランティア活動をしている。
主な仕事は売店の番だが、展示会の受付やイベントの補助、ポスターの発送など、様々な仕事を手伝うこともある。
どれも特別難しい仕事ではないので、少し体力に自信がなくなってきた私でも、何とか続けることができている。

 9時15分に出勤し、本日のイベント情報など軽い打ち合わせ、レジチェック、お店の掃除をした後、9時半から4時半まで、3人の当番の人と交代しながら一日の業務をこなす。

 入り口の扉の向こうには、ミレーの名画を所蔵する山梨県立美術館₂の緑が広がる。
美術館を訪れる人の流れとは裏腹に、文学館はひっそりと静まりかえっている。
それでも、時折訪れる来館者との短い会話は、私にとって貴重な時間だ。
商品の説明を求められたり、地域の情報について尋ねられたり、時にはただ立ち話に花が咲いたりする。
そうした何気ない交流の中で、私は人々の温かさを実感し、自分自身も成長しているように感じる。

☆☆

 8月のある日、レジに新しいお札が混ざっていることに気付いた。
新しい紙幣(新札)の流通が始まったのは、2024年の7月。
新しいデザインの紙幣として、1万円札、5千円札、千円札が、20年ぶりに発行された。
それから1ヶ月ほど経ってはいるが、まだそれほど頻繁には流通していない。私もつい2、3日前に、初めて目にしたばかりだった。
レジ内の新千円札は、まだインクの香りが残るような、ぴしっとした感触で、旧札に交じってチラリと覗くその顔は、なんだか現実味がなくて、どこか遊び心を感じさせた。
「いよいよまわってきたねー」と当番の人たちと、しばし新札について盛り上がった。

 その日の午後、買い物をされた女性にお釣りとしてその新札をお渡しすると、
「わあ・・・新しいお札。なんだか新鮮ね」と、少しの驚きと喜びを含んだ声が返ってきた。
その表情には、新しいお札を手にした時の嬉しさが表れていて、こちらまで自然とほころぶ。
「なんか嬉しくなるよね」「何でだろうね」
朝のミーティングの時と同じような会話が繰り返されていく。
ほんの些細な出来事にすぎないのに、また、特別なことをしたわけではないのに、相手の小さな喜びに触れることで、自分も幸福な気持ちになった。

☆☆☆

 人生の後半を迎え、少しでも世の中に貢献したいという思いからはじめたボランティア活動。
こうした些細な出来事が、かけがえのない時間となって、社会のためにと考えていたはずが、一番楽しんでいるのは自分自身だと気づかされた。
ボランティアとは、他の誰かのためであると同時に、自分のためでもあるのだと、今さらながら痛感している。

☆☆☆☆

明日から、金子兜太展₃がはじまります・・・。



山梨県立文学館 1989(平成元)年 開館。
山梨にゆかりのある作家や詩人たちの作品や資料を展示している。宮沢賢治や正岡子規などの文学作品や、甲斐の風土や歴史に関連する文学作品を中心に取り扱っている。館内では、手稿や初版本などの貴重な資料を見ることができ、定期的に企画展やイベントも開催されている。また、静かな環境で文学を楽しめる図書室もあり、地域の文学愛好家にとっても憩いの場となっている。JR甲府駅から車で10分ほど。

山梨県立美術館 1978(昭和53)年 開館。
開館以来、「ミレーの美術館」として親しまれている。ミレーの『種をまく人』をはじめとするバルビゾン派の作品を所蔵している。
また、他の西洋画や日本画、彫刻、版画など幅広いコレクションも展示しており、四季折々の自然と調和した美しい庭園や、周囲の山々の風景も訪れる人々にとっての魅力のひとつとなっている。

金子兜太展~開館35周年記念 企画展 しかし日暮れを急がない
2024年9月14日(土)~11月24日(日)
開催概要
金子兜太(かねこ とうた、1919~2018 埼玉県小川町生まれ)は、太平洋戦争での従軍体験を経て、戦後の社会性俳句、前衛俳句運動を担う若手俳人として注目を集めました。以後、昭和・平成の俳壇に大きな足跡を残し、歿後6年を経た今も影響力を与え続けています。代表句「曼珠沙華(まんじゅしゃげ)どれも腹出し秩父の子」「彎曲し火傷(かしょう)し爆心地のマラソン」をはじめとする作品、飯田龍太ら同時代の俳人や文学者との交流、俳人の枠をこえた幅広い活動の様子を取り上げます。


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