文章のネジを締める。
まず最初に。
この掌編小説はとても良い小説だと思います。いまぼくは本稿でネジ締めをやっています。で、頭がノイローゼになってるので、他人の文章をいじってみよう。と。善意です! 客観的に「ここを見ればだれでも文脈を作り出せる」と思い勝手に考察をしてみました。でもまずは、
文章のネジ締めは下書き(第一稿)があってが前提です。
➡︎文章をネジを閉めるようにブラッシュアップする。
エンタメ文章ならば、どんな読者にも伝わる文章にする。客観性を出すためのネジ締め(基本は削る作業)。
純文学ならば、油絵とおなじで、一度描いた絵(例えば富士山の絵)にまた新たな油彩を塗っていく作業です(盛ったり削ったりの作業)。
冒頭です。
■□
「いいですか、みなさん。今日の宿題は、家族全員分の座右の銘ですからね」
教室中の皆が一斉に無口になり、状態が引き潮と化した。教師よ、どうしてくれるこの空気。
家族間のコミュニケーション不足が昨今の問題とはいえ、座右の銘を家族全員から聞き出すなんてあまりにも野暮過ぎないか。世知辛さを通り過ぎて、もう笑うしかない。
文脈を強固にするために。
離れた文章と文章に客観性で繋げる=文脈。
⑴《学校》はなぜ《宿題》で《家族全員分の座右の銘をだしたのか? 》学校➡︎公共の場=社会
⑵《家族間のコミュニケーション不足が昨今の問題とはいえ、》と主人公は言い切っている。それは主人公の感想ではないか?(創作は自由です。もちろんそれでも全然オッケーですね)
①昨今社会では家族間のコミュニケーションが不足しているようだ。
②昨今の社会問題は家族のコミュニケーション不足のようだ。
文脈から攻める➡︎冒頭で《学校》はなぜ生徒に《このような宿題》を出したのか? これはラストシーン(どんでん返しやオチ)まで続く文脈になります。筆者は最初の「設定」と「文脈」をガッチリとらえると、以後ストーリーをどんどんと書きやすくなります。物語が途中でブレなくなります。もちろん、この作品タイトルが「筋書きのないストーリー」ですから筋書き(文脈・オチ)は必要ないかもしれない。純文学作品であれば《文章表現(文体)それ自体が作品の評価》なのでオチは必要ない。
★以下はエンタメ作家になりたいひと向け。
オチは必ずつける訓練をする。オチをつける作業に骨を折る=最初から最後まで文脈を繋げていく鍛錬になる。
■□
おまけ。
「いいですか、みなさん。今日の宿題は家族全員分の座右の銘ですからね」
教室中の皆がいっせいに無口になり、状態が引き潮と化した。教師よ、どうしてくれるのだこの空気を。
家族間のコミュニケーション不足が昨今の社会問題とはいえだ。座右の銘を家族全員から聞きだすなんてあまりにもやぼじゃないか。世知辛(せちがら)さをとおりすぎて、笑うしかない。
①漢字をひらく=ひらがなをつかう。
基本「国字は開いたほうが良い」。読みやすくなります。
②ルビは振ってあげる。ルビの基準は「常用漢字以外の難読漢字」「じぶんの小説の読者層を考える」あるいは言い換える「世のなかがシビアすぎて、笑うしかない。」とか。文章を書き始めのひとは「記者ハンドブック」はとてもお薦めです。
③イメージ(これはぼく個人のイメージです)は《この文章が書籍化されて、全国の書店に並んでいる。立ち読みのみんなは読みやすいかな? 》と妄想してみる。すると色々な基準がじぶんのなかに出来てきます。
最後に。
ぼくの引き潮は絶好調だった?