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冒頭で出会うVol.13_昼休みの屋上

その歌のイントロの十秒。ぼくは三千回くらい聴いている。が、その歌のタイトルは図書館で借りたCDをパソコンに入れたままネットで同期せずにいて、ずっと知らないままだった。焼きそばパンを齧りおえた昼休みの屋上でタイトルを知らないその曲をぼくはイヤホンを耳につっこんだままずっと聴いていた。

再生ボタンを押して一秒の空白があって、右のイヤホンから、ギターの弦を弾く音がジャンジャカジャカジャカと聞こえてくる。その二秒後に、中央からパーカッションだかタンバリンだかがシャンシャカシャカシャカと始まる。さらに二秒後、追いかけるように左のイヤホンからエレキギターがジャンジャカジャカジャカとなって、それからステレオ全体でバスドラムがドンドンと叩かれドラムスが暴れ始める。八秒後、主旋律のハーモニカとともに、舌ったらずの女ボーカリストが歌い始める。

♬突然のぉ〜、雪は、きみを無口にさせたぁ、三回目ぇのぉ〜 冬がいま終わるぅ… ♪

今日は中学最後の真夏の昼下がりだったが、ぼくの頭のなかは冬の終わりだった。

肩が叩かれた。

ふりむくとぼくの両耳からイヤホンが抜かれた。慎也と荒太だった。イヤホンはワイヤレスでぼくの両脇に座ったふたりは右と左のイヤホンを片耳に突っ込んで聴いている。

荒太のほうは、いつから趣味変わったんだよ。この前までずっとボン・ジョヴィ聴いてたくせに。そういってワイヤレスイヤホンを慎也に投げる。空中で受け取って慎也は目をつぶって最後まで聴いていた。

「いきものがかりだな」

慎也がいうと、おれブルーバードしかしらね。といって、荒太はいきなり金網まで走っていって振り向いて大声で歌いだした。

「♪羽ばたい〜た〜ら、戻らな〜いといってえ! めざした〜のは、青い青いあの空ぁ〜♪」

日陰にハンカチを敷いて弁当を食べている隣のクラスの女子が、ケラケラ笑っている。給水塔に登っている他の学級の三年生も、荒太ぁ踊れ〜! と叫んでいる。音痴のくせに荒太は調子づいて、めちゃくちゃなクネクネくるくるダンスや、意味不明の下手くそムーンウォーク、ひとつもカクカクしてないロボットダンスをやっている。体育すわりをしている女子に向かって、さあ一緒に踊ろうとステージの誘っている。やだもー。当然のごとく拒否られていた。

「♪それでも光を、追いつづけていくよ〜 駆けだした〜ら、あなたの手をにぎって、あおいあおい、あのそらぁ、あおいあおい、あのそらあ〜」

音痴だし下手くそすぎだし、やりすぎだ。ぼくは荒太のお茶らけのどこがいいのかわからなかった。慎也はじっと目をつぶってイヤホンを聴いているし、荒太の親友のぼくとしては恥ずかしくてその場を立ち去ろうかと思った。だが、荒太の、はっちゃけすぎの、いきももがかりモノマネオンステージは屋上の大爆笑を誘っていた。

「どうだった」

荒太が訊いてくる。汗びっしょりだった。

「結局、いきものがかりなのか荒太なのかだれなのかわからなかったな」

率直な感想をいうと、荒太は、お前バカだなと笑った。おれだってマジ本気であんなことやったら恥ずかしいに決まってるだろ。演じるんだよ。おれじゃないだれかを。さっきあそこに立ってたおれは古井荒太じゃない。おれじゃない別の人間だ。ミュージカル俳優の桜丸寛治でもだれでもいいんだ。だって医者が注射を打つときは患者の腕は丸太だと思ってんだぜ。患者が痛いと思ったら注射なんか打てねえだろ。どうやってメスで患者の腹をかっさばくんだよ。ぼくは荒太がいったいなにをいっているのかまったく理解できなかった。ふと思いだしたのが、サッカー部に入部して出会ったころの中学一年の荒太が、おれ頭すげえわりぃんだけどさ、将来医者になりたいんだ。といった言葉だった。シャカシャカと音楽が聞こえてくる。慎也がイヤホンをぼくに返した。

「で、この曲、なんていうタイトルなの?」

慎也がいった。ぼくは曲のタイトルを知らない事情を説明する。すると、当てっこすっか? 賭けるか? よし!

荒太もイヤホンで聴いた。それから慎也もまた片方のイヤホンでじっくりと聞き直す。三人の意見は完璧に一致した。

「最終列車に乗って、を、連呼する。それもAメロサビでめっちゃ印象づよい」

三人の意見がこの曲のタイトルは「最終列車に乗って」で一致してしまい賭けにならなかった。

「で、正解はどうやって解るのよ」

荒太が慎也にいう。慎也は笑ってぼくを、うわめづかいに睨む。

「えー! ぼくが歌うの〜」

慎也が荒太に耳打ちをする。荒太が日陰で弁当を食べ終わった女子のところまで走っていって交渉をした。その二人を連れてスマホを借りてきたようだった。

「へい、Siri!」

と荒太はスマホに向かって叫ぶ。

「お呼びでしょうか?」

スマホは答える。荒太がぼくに歌えと顎をしゃくる。完璧に歌を暗記しているのはぼくだけだった。スマホを貸してくれた女子もぼくを見つめている。

緊張をしたぼくは歌い始める。二人の女の子が笑っている。

「ええと…これはわたしにはわかりません」

サビでいいんだよ。リラックス、リラックス。できないよ、とかぶりを振るぼくに荒太はアドヴァイスする。お前が素で歌わなくていいんだ。

ぼくは、ぼくという人間ではない、ぼくの見知らぬまったくべつの人間になったつもりで歌うことに決めた。人間ですらない。ぼくは楽器だ。空洞の楽器だ。目をつぶった。最初のイントロから歌うことにした。再生ボタンをおす。三千回も聴いた前奏の十秒にじっと耳を澄ませる。ぼくは歌いはじめた。

「♬突然のぉ〜、雪は、きみを無口にさせたぁ、三回目ぇのぉ〜 冬がいま終わるぅ… ♪東京の空に、走り書きした夢を、追いかけ〜て、ぼくは汽車に乗る…」

サビまで必要なかった。

「お探しの曲は、KIRA★KIRA★TRAIN」

「えー、ソッチ!Bメロのほう!」

ぼくたちはズッコケる。なに、どうしたの三人して? それってコント? 女子は笑った。

「キーン、コーン、カーン、コーン。」

間の悪い、嫌味な、鐘だな。慎也はいった。

ぼくら三人は「最終列車に乗って〜」と叫びながら午後の授業に戻っていった

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書いて感じたこと、

⑴ど頭の設定(状況)の入りかた。それはやはり難しい(逆にいえば作家の腕の見せ所)ですね。

⑵普通(なにが普通かはさておき)の小説っぽい。文章、会話、空白(改行?)、だ。

⑶ここらへん、にきて、ようやく書いていて、自然と、物語が展開できるようになった。自然と女子のスマホを借りたり、筆者が主人公を状況にしっかりと置けている。(これは冒頭練習とは関係ないのだが)

⑷これもYOASOBIの逆バージョン(歌☞小説)ですね。ちょっと違うか、「モチーフ」がそれであっただけで「テーマ」じゃない。

⑸今回もだがオチ(サゲ)はともかく(冒頭ノックなので)。

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蒼井瀬名(Aoi sena)
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