冒頭で出会うVol.16_駅のホーム
きょうは、ぼくの人生のなかでの最っ高の、奇跡のであいを、みんなに教えちゃおうとおもう。まだ14だけどね。
まずぼくは妄想たくましい小説家きぼうの男子だ。ひびぼくの頭のなかでは、三百年に一度おとずれる大厄災のたびに白うさぎを吐きつづける壺の話とかない村のおとぎ話とか縮む話とか死んだ話とかそういう妄想ばかりを日々ノートにかき綴っている。
でも今回の話ばかりは、ぼくのノートの話じゃないんだぜ。本当の話なんだ。その、みみ、よくかっぽじって聞いてくれよ。一度しかいわないんだからさ。
それは、年が明けた、いつもの武蔵の列車のことだ。おっと地元じゃないとわからないね。ムサシってのは朝6時34分の通学列車のことさ。ちなみに始発は小西くん。わかるだろ5時24分。瀬戸内の海には朝陽が上がりはじめる頃でさ、オレンジに本当にきれいなんだぜ。こんな鄙びた朝のホームはじつは毎日ほとんどぼくしかいないんだ。だけどここで創作を兼ねて、椅子に座って陽が上がるのをみながらぼくは想像するんだ。目の前のキャンバスにぼくが描く登場人物らが、自由に飛びまわる。みんななんて気持がよさそうなんだろう。その日、ぼくはこんなことを思い描いていたんだ。
そこは存在しない駅のホームだ。うさぎも犬も人間もクマも虎もフクロウもみんな二足歩行で歩いているんだ。朝なのにさ、ごった返している。みんなのそれぞれの場所にいく通勤のラッシュ時だ。それでもさ、みなよ、ほらここは変わらぬ辺鄙な無人駅だろ。前は朝陽であかく染まった内海。脇に新聞を挟んだヒツジの紳士が髭をいじっていたりセーラー服のうさぎが携帯とケンカしてる。天辺に鳩が突きでた白いシルクハットを被ったヤギのノッポの車掌が空から逆さまになった傘の柄を跨いでふらふら降ってくる。それと、ほら、あっちを見てみなよ、チャラララララララ…
ヤギのノッポの車掌は、いつもの田辺さんに変わってた。ぼくは腕時計をみる。6時30分だった。おや。ぼくは首を傾げた。今日はすごくいい天気なのに、田辺さんは雨傘をもっていた。それから田辺さんはよく都会の駅のホームで昼下がりのサラリーマンがそうするように。傘のさきっぽをにぎって、振りかぶって、ゴルフのスイングをやってみせる。アイアンのショットだったのか詰まったのか、田辺さんが打ったボールはチップしちゃって、オレンジ色した太陽と一瞬かさなった。田辺さんは格好つけて額に手をかざし見えないボールを追っている。それから帽子の鍔に手をやって、腕時計を一瞥し、右よし左よしをやる。東から朝陽を呑み込むような真っ黒なライトを点けた列車が走ってくる。龍の頭だった。巨大な龍の列車が、朝のオレンジの光を夜の闇に黒に染めかえしながらこちらに向かってきている。ハッと見るとホームはもう虫や鳥や動物たちでごった返していた。田辺さんは山羊の車掌に戻っていて、傘をライフル銃に見立てて光る弾を「ガチャ」装填する。ヤギの車掌は、なぜかぼくにウィンクをして、大砲のような巨大な弾を発射する。曳光弾のように光の筋を引いたその弾丸は、龍の列車の向こう側のホームに立つ駅のホームの住人たちをべりべりと蹴散らしていく。闇を撃ちくだく光の弾は駅の先端にたつ少女の頭を撃ちぬいた、そのときだった、
「すみません」
ふりむくと、ぼくの真後ろに駅のホームの先端で光の弾に頭を撃ちぬかれた少女が立ってた。ぼくに話しかけている。ぼくが描いたとおりの本物の少女で、ぼくと同じ伊予関中学校のセーラー服だった。
「さっき、いっちゃった列車って、伊予関中の列車でしょうか?」
少女はぼくに聴いた。ぼくはノートを閉じた。
「そ、伊予関中への列車です。武藏はもういっちゃいました。武藏ってのは6時34分の電車ってことね。次の列車は名無しです。名無しは分かりずらいけど、7時04分です。きみ、みない顔だね。この駅から学校に行くのぼくくらいだから。もしかして転校生?」
彼女はうなずいた。ちょっと、これってすごくない? これってまさに奇跡だとおもわない?
え? どこが奇跡だって?
だってよく考えてごらんよ。
奇跡だって運命だって、みんな結果論じゃないか。
そういうことで、ぼくは、将来の彼女にこの瞬間、出会ったわけさ。
え、田辺さんの話のつづきだって?
ぼくは彼女とこの駅で落ち合ってさ、田辺さんが右よし、左よしってやるだろう。そんとき一緒になって「ファー!」っていってやるのさ。嘘だと思ったらこの駅に朝の武蔵に来てみるといいよ。ぼくと彼女は毎朝二人で田辺さんを冷やかしているんだから。
じゃ、つづきは、次回のノートで会おう!