冒頭で出会うVol.11_プールサイド
プールサイドでかるく準備体操をして、すぐに上級用コースにとび込んだ。監視員に注意されたようだったが無視してクロールを始めた。いく度かターンをくりかえした。数えてなかった。あの日からからだが疼いてしかたがなかった。やはりきていなかった。女が妻のママ友だとおもうとかれの脳みそと全身がさらに騒いだ。休憩のアナウンスがあって、水からあがった。プラスティックの白椅子が並ぶほうへあるいた。そのときになって彼に向かって笑いかけ、椅子に座っている女に気づいた。互いに片手をあげた。バスタオルを巻いた女が歩いてきて彼の隣にすわった。たっぷり見せてもらったわ、気分よさそうだったわね。女は気さくにいった。心臓が破裂するんじゃないかというほど彼は動悸が激しくなった。娘の授業参観でたがいに顔を合わせただけとは思えない女の口ぶりだった。まさか、女も、彼を探しにこの市営プールにきたのか。思った。が頭をふった。
「旦那さんは、仕事中ですか」
警戒をされぬように彼はいう。そ、と女は竹細工のようなほそい手をうちわのように仰いでみせる。
「五、六分前に来たばかりよ。まさかあなたが来ているとは思いもしなかったわ」
ついさっき、駅前のスーパーで、子どもさんをつれてらっしゃったあなたの奥さんを見かけたわ。女はいった。彼は黙って女をみつめた。顔は笑っていたが目は笑っていなかった。男のからだの渇きが女をもとめている。じっと女は彼の目の奥をのぞいている。気づかれただろうか。
「泳ぐのはやめた」
「だしぬけに、どうしたのよ。わたし、いまきたばかりなのよ」
女はたじろいでも腹を立ててもいない。彼はシャワーだかグロスだか唾液だかでぬれた女の唇をみつめた。
「でないか」
「でないかって、どこへよ、わたしまだ一度も泳いでいないのよ、やだもう」
女は彼の土方で黒くやけた腕を叩いた。
「シャワーの下を通っただろ。あれで充分じゃないか」
本気とも冗談とも取れるような口ぶり彼はいった。
女は考えるふりをした。そうね、充分だわ、といって口元から歯をみせて笑った。上の八重歯が彼の好みだった。
「わかったわ。驚いたひとね」
女はバスタオルをもって立ちあがった。男女別の出入口で別れる際、表でまっているわ、と落ち着いた声で女はいった。
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書いて感じたこと、
⑴「会話」をじっくり描いてみて見えるもの。
⑵「男」を描くと、じつは「女」の心情が描かれており、女(例えば女の「セリフ」)を描いていると、「男」の態度や期待が行間で表現される。そのことに気がついた。これは発見だった。
⑶、⑵については、たまたま今日図書館にて借りてきた江國香織の短編集「号泣する準備はできていた」の「前進、もしくは前進のように思われるもの」の描写(作劇法)に似ている。江國香織は、主人公「弥生」を描いて弥生の旦那を丸裸にしている。そういえば石田衣良の「4TEEN」の「14歳の情事」もそうだ。ラストのシーンでジュンが暴力夫に殴られてDVを受けている人妻がハッと自分のやられていることをはっきりと自覚したシーン。他者(自分)を描いて自分(他者)を丸裸にする。あっ!いま気づいたが、読み始めている角田光代の「対岸の彼女」も同じ構造だ。
それらは、どういう技法だかぼくは名称はわからない。だが、「A」を描いて「B」や「C」の実体を読者に提示する。ことだ。