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800字日記/20221024mon/107「するどい女将さん」
十月も終わりだが部屋はまだ暖房をつけていない。ネコは、夜、ぼくが起きているとブランケットを敷いたひざに乗ってくる。汗ばむと、おりて暗い隅に涼みに行く。
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部屋のどこかにいるのはわかっているのだが、ぼくは不安になって、どこにいるの? と声をかける。夜も深まった頃合いだ。
関東から大分にきて二年目。突如、ぼくはなにかに突き動かされて、車で片道一時間をかけてペットショップへ行った。ウィンドウショッピングと思って足を運んだだけだったのだが。
「みなさん、おなじことをいわれます」
と、ショップの店員はいった。ネコが、たしかにじっとぼくを見ていたのだ。その日、ネコは家にいた。八月の暑い日だった。あれから二年が経つ。いまでは家族も同然だ。
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ぼくの胸のなかに、深い孤独がおとずれたのは、いつもの掃除を済ませて、ネコと遊び終えた、陽が西へすこし傾き始めたころだった。
ぼくは自分の胸のなかに突然、まるで夜の砂漠のような暗くて冷たい穴が空いているのに気づく。それはネコのときよりも、計り知れないほど深くて濃密な孤独の穴だった。
ネコにカリカリをやって、部屋を飛び出す。この街に知り合いはいない。ロードバイクを目一杯、こぐ。陽が暮れる。県道をまたいで国道をでて左に曲がる。海岸ぞいに空港へむかう。レーダーがまわり、離発着の音が忙しない空港の南にある道の駅に着く。
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店内に入って野菜の直売を見てまわる。そわそわして、店内を飛びだす。
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南に向かってペダルを踏む。夕陽を背に、ススキが揺れる。目の前に、以前、立ち寄ったことが一度だけある唐揚げ屋が見える。のれんが下がっていた。
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小さなプレハブの店だ。今日は起きてからなにも食べていないことに気がつく。ポテトともも肉の唐揚げを頼む。先客も予約もなく、すぐに揚げてくれた。
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「ここで食べていいですか? 」
「もちろん」
夢中になって食べた。
「どうかしたの? 」
「え? 」
指を脂で光らせて、ぼくは顔を上げる。
(798文字)
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