『デート』をがっつり褒めたくなったので(その2:進行がダルくなくて粋!)

前回のはこれです↓
その1:伏線と小ネタがぎっしりhttps://note.mu/aoisanma/n/n9b5903797c3f

さて、前回あげた月9ドラマ『デート 〜恋とはどんなものかしら〜』の“ここがすごい”ポイントは以下の通り。

・伏線の張り方と回収
・小ネタと引用
・時系列の扱いと捨てカットのなさ
・毎回の「お約束」進行の扱い
・登場人物へのまなざしと役者の活かし方
・ニッチなコメディに見えて「月9の王道」
・ジェンダーと現代社会の若者への視点

 前回と重複しちゃいますが、見たことのない方のためにドラマをざっくり説明すると、東大院卒で融通の効かない超合理主義者の依子・29歳(杏)と自称「高等遊民」で一度も職についたことのないニートの巧・35歳(長谷川博己)が、婚活を通じて知り合い「お互いに好きではないけれども“理想の結婚”をするべく」デートを重ねていく、という話です。ラブコメです。

■視聴率がイマイチなのはこのせい? 〜時系列の扱いと捨てカットのなさ〜

 次の項目とも関係するんだけど、この『デート』には毎回守られる進行上の形式がある。冒頭は依子と巧のデートシーンから始まる。華やかな横浜のデートスポットと、それに似合わない(しかも大体奇妙な格好をしている)ふたり。何が起こっているの??と視聴者に思わせたところで、謎解きのように「デート◯日前」とさかのぼり、どういう経緯でこの奇妙なデートに至ったかを見せていく。そうそう、前回このドラマはミステリーではないと書いたけれども、謎解きをしていくという意味ではミステリー調ではあるのだ。
 そういう風に「戻って」行くので、その分登場人物の心象風景を表す回想シーンなどは一切ない。そんなものは必要ないのだ。脚本の古沢自身も「飛躍のないシーンはつまらないから階段2段3段飛ばしで進みたい」(大意)と言っている。そのおかげでかったるいシーンどころか無駄なカットも一切なく(気づかれないかもしれない小ネタはいっぱい仕込んであるけど)、猛スピードで話は進み、1時間があっと言う間。
 しかし、だからと言って登場人物の心象が描けてないかというとそんなことはない。たとえば、第5話の、依子が初キスから性交渉まで一気に済まそうと巧に迫るも巧が怖気づき傷ついた依子から部屋を追い出され、その翌々日に反省した巧が依子をコスプレカウントダウンパーティーに誘うまでの間(あらすじをざっと書いてるだけなのにひどいストーリーだなw)、巧が悩んだりふさぎ込んだりしている様子が描かれたのはほんの一瞬。幼なじみが巧の引きこもり部屋の外から声をかけている時に、いつものように読書はしておらず横になっていて背中をまるめヘッドホンで耳を塞いだ、そのたった3秒間だ。あとは、パーティーに誘うために巧が依子に残した留守電のメッセージが、クライマックス(依子がパーティー会場に向かうためにスクーターで爆走するシーン)で再生される。それで伝わる。ベタな巧目線での回想シーン、たとえば依子の部屋に用意されていたYESNO枕やまむしドリンクやうなぎパイや依子の傷ついた顔や過去のデートシーンの振り返りはいらないのだ。かったるいから。

 という訳でドラマのつくりは非常に粋で、ゆえにどのシーンも見逃せないのだけれども、途中から見始めるにはちょっと不親切だし、何しろ感情移入がしづらい。恋愛ドラマの視聴者は登場人物に感情移入して“うっとり”したいところがあるから、視聴者があくまで傍観者であるこのドラマにのめり込めないのかもしれない。または、傍観者であるならば、野次馬根性を刺激されるエグさが欲しいところだけれども、この『デート』の登場人物は誰もがアホでかわいい善人なので、物足りないのかも。視聴率が面白さに比してイマイチなのはそういうことなのではと私は思っている。

 ただ、後述する通り、このドラマは脚本古沢の「神目線」で描かれていてその神の所業を見守る楽しさがあるし、さらに恋愛そのものをどーんと正面から描いているので、食わず嫌いしちゃうのはもったいないと思います!


■実は骨太コメディ 〜毎回の「お約束」進行の扱い〜

 ひとつ前の項目でも少し触れたが、このドラマには「お約束」とも言える毎回守られる進行上の形式がある。

・デートシーン(横浜の定番デートスポットで、あからさまに浮いている依子と巧の様子)

・デート◯日前の回想シーン(依子側と巧側、それぞれの様子や思惑が描かれ、冒頭のおかしなデートに至った経緯が明かされる)

・デートの続きのシーン(たいてい依子と巧が長台詞で言い合いをする山場)

・依子と巧の距離が少し縮まるシーンと次回へつながる事件のシーン

 見事な起承転結。見事な様式美。とことんふざけているようなフリをしながら、骨子はしっかりしているので、私達は安心してドラマ世界にハマれるのだ。冒頭のへんてこデートシーンにギョッとしながらワクワクして、デートに至るまでの登場人物たちの間抜けな行動をゲラゲラ笑って、依子と巧の言い合いにハラハラドキドキし(ながら爆笑し)て、最後ちょっとジーンとしながら次をワクワク待つ。この感動も毎回「約束」されているのだ。

 毎回形式や視聴者の感動パターンまで決まっているのなら、マンネリに感じるのではないかと思われるかもしれないが、そんなことはないのでご安心を。毎回仕込まれる笑いのネタの種類が違うので、飽きることはない。
 第1話は奇天烈な人物(依子と巧)が“人生に恋愛は不要”“結婚は契約”という観点で意気投合し良識的な第三者(鷲尾:中島裕翔)からツッコまれる「価値観の転換」が笑いのポイントで、第2話は巧が周りにそそのかされて派手にフラッシュモブプロポーズをするという画の面白さに加えて、それなのに振られるという「情けなさ」がポイント、というように。第5話はアンジャッシュのコントのような勘違いから依子の部屋に忍びこんでしまった鷲尾が、依子が巧に半ば強引に体の関係を迫る(巧いわく「すっぽん食わせて1日で済ませましょうって一体なんだよ!僕は人間ドックに来てるんじゃないんだぞ!」というような)一部始終をクローゼットの中で目撃するという、不憫すぎる笑いが仕込んでありました。名シーンすぎて何度リピったかわからない。

 そして、同じ様式が繰り返されることを脚本古沢と演出陣はたくみに利用している。第4話と第5話の、依子と巧の言い合いシーンでは、巧から依子へ同じような台詞が吐かれる。

第4話:(クリスマスプレゼントとしてニートの就労支援資料を巧に渡した依子に対して)「君はいつだって正しいよ。だけど心が無いんだ。君には心が無いんだよ!」

第5話:(好きじゃないまま結婚するのだから感情は抜きにして性交渉をさっさと済ませパートナー適正を見極めたいと迫る依子に対して)「大事なのは気持ちだろ?どうせ君にはわかんないだろうけど!」

 どちらも後で巧が反省して訂正するのだけれども、この似たような台詞を聞くことで視聴者は前回同じような台詞を吐いた巧の姿を思い出し、今回のそれでは依子への精神的な距離が近づいていることに気づく。第4話では自分が心を開きかけた相手への絶望と怒りだが、第5回は自分のことをわかってほしいという甘えが見えなくもない。なーんだ巧、依子のこと好きになってんじゃーん!
 いっぽう、古い言葉で言えば「サイボーグ的」な依子にも、この巧の台詞への反応での変化が見られる。第4話では無表情で固まりその場を無言で去るが、第5話では傷ついた表情を微かに見せ「帰れ!」と今までにない強い口調で巧を部屋から追い出す。
 実は第4話と第5話のこの台詞の間にはエピソードがある。依子に「心が無い」と言ったのは幼少期から数えて巧で14人めであることが告げられ、依子はそれだけのデータがあるのだから客観的に判断して私には心が無いのだと言い、巧はそれを否定するのだ。おそらく、過去の13人は「心が無い」という台詞を残して依子から去ったのであろう。しかし巧は去らなかった。
 その上で重ねられた「どうせ君には気持ちがわからない」という第5話の台詞なのだ。その言葉に乗せる巧の気持ちの変化と、受け取る依子の心持ちの変化。恋は始まっている。それを、かったるいモノローグや回想シーンなしで、脚本の構造とシチュエーションと役者の演技で、笑いに包んで、見せているのだ。すっごい。粋。

 余談だけど、「サイボーグ」つながりで。巧が依子に最後の望みをかけて誘うコスプレパーティー用に母に縫ってもらう(笑)衣装に選んだのが『サイボーグ009』の009と003で「石ノ森章太郎こそ本当の天才だよ」と言ってるんだけど、このチョイスが巧のヒロイズムを裏付けるエピソードであると同時に一連の「心が無い」発言にかけてるのだとしたら、もう、ちょっと泣いちゃいますよね。って私、気持ち悪いね。こんな長文書いてる時点で既にね。わかってる。

 予想したよりも長くなり次回のデートまでに終わるかどうかも怪しいんだけど、今回はここまでです。



 

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