青い私と美味いビール


「ちゃんと美味い飯食えてんのか」

少ししゃがれた声が電話先で優しく響く。脳裏に浮かぶ笑顔はいつもどおり快活で、豪快だ。
私の父の昔からの口癖だ。今日の飯はどうだった、とほんの少しの心配も含めてよく鼓膜に届いたものだった。いつも濁して「うん」と答えるのが癖になっていたのが後ろめたくて湿っぽい。

東京へ出てきて9年目。ワンルームへ引っ越した当初は期待に胸が膨らむばかりだった。あの頃はとにかく青くて、待ち受けている苦労や後悔、様々な試練に物怖じなどしていなかった。今では狭いと感じるこの部屋はあの時と変わらず住むのも9年目で、すっかり物も増え狭い城となった。

10年近くの時の流れはとても寛容だ。
ぼんやりと仕事をこなす毎日は私の気持ちひとつで許されたものとして処理されていく。そうしてなるべくしてなった狭い城、件のワンルームを見ながら思うことがある。果たして私は今のままでいいのだろうか。答えが出ないことを知りながら自身に問うては忘れてを繰り返していた。かつて、夢を見て故郷を出てきた私が思い描いていた理想があった。そこから彼岸となるほどに理想と随分とかけ離れた生活をしている今は、どことなく空風が吹いたような気になって時折私の心を冷やす。

ときに、私は生きるのが下手くそだった。
人の数倍努力しなければ何も得られないと思っていて、自己肯定力の低さと手繋ぎで生きてきた。自分の努力ではどうとでもならないところで好きなものを奪われることも多々あり、そしてその時にようやく思うのだ。トラブルの原因はいつだって負けん気の強さ、それだったらそれなりに「上手く立ち回れば良かった」と。

そうこうしているうちに、諦めることだけが上手くなっていった。
諦めるのと同じくらい好きな物も増え、なんともバランスの取りづらい人間になってしまったと思ったものだった。

***

私には好きなものがたくさんある。浅い物も深い物も合わせて、両手に持ち切れないほどだ。
その中でも一番と言っても過言ではないことに音楽があった。例によってライブも本当に好きで、仕事が終わったらその足で急いで会場に向かい、生の歌声や演奏に身を委ねる。その至高の空間に初めて触れてから十何年か経ったが、今でも変わらない。あの時の感動を追いかけていると言ったら少し大袈裟だが、あながち嘘ではないと思っている。

社会人としてもそれなりに慣れてきた頃のことだった。
とあるライブを観に行く日。どうやら同じライブを観にいく仲間内の1人が誕生日らしかった。その内のひとりが張り切ってその子のために居酒屋を予約してくれたのを覚えている。やれケーキはどのタイミングで出してもらうだの、コース料理か単品か、あれやこれやと計画したものだった。

夏日。当日はいつもどおり音楽に酔いしれた。
セットリストに組み込まれた一曲がいつもと違っていたことに驚き感動した私たちは、会場を出た後すぐに集合した。行き着く感想は「すごかった」「楽しかった」「よかった」ばっかりのくせに、興奮して早口になるのを止められなかった。肩組んだり手を握ったり、楽しかったと口々に言いながら夜の街を歩く。そうして、予約していた件の居酒屋に入った。涼しい冷房の風にもテンションがぐんぐん上がっていくのを感じていた。

***

ライブに行ったバンドデザインの真っ青なシャツを全員着ていてそれはびっくりするようなグループだったかもしれない。会場では腐るほどいた青色はここではかなり浮いていた。通りすがりの席にいたお客さんが「ライブかな?」と言っていて、私たちは意味もなくそれにも笑けてきていた。酒がまだ入っていないというのに、随分と陽気な時間だった。

テーブルについて開口一番、隣に座った子が店員さんに手をあげた。

「すみません、ビールひとつ」

他の子たちも「私も」「俺も」と続く。

私は正直迷っていた。
美味しいビールの飲み方など知らなかったのだ。頭でっかちな若造だったばかりに、「喉越しで味わう」の意味もわかっていなかった。頼むとしたら甘口の日本酒にサワー、カクテルをちゃんぽん。吐いたことはないし記憶をなくしたこともないが、劣悪なちゃんぽんに気持ち悪くなることは多々。いつものようにそうしようと思ったときに、隣に座っていた友人が口をひらいた。

「ねえ、今日のライブのときみたいにしようよ」

隣で心底楽しみに、そして期待に満ちた目で私を見ている。お前も間違いなくビールを頼むよね、と。
ライブの中の演出で、みんなビールのジョッキを模し片手をかかげて乾杯をするシーンがあったのだ。場の雰囲気をしらけさせるのもと思い、右に倣えとばかりに「同じ物で」と答えた。

数分後。期待を裏切らずテーブルに並べられた6、7個のジョッキを回して皆の手元に置く。浮かれるがままに、手のひらの汗を慌てておしぼりで拭ってからジョッキを勢いよく掴んだらあとは高くかかげるだけだ。準備はいいよね?いくよ、いくよ、と皆で目線を合わせる。少しの間のあと、きっと店一番のデカイ声が響いた。

「かんぱーい!」

うるさいのは一瞬で、すぐに静かになった。見様見真似で一気に流すビール。ごく、ごく、と喉が鳴る。苦いイメージが先行していて苦手だったから覚悟をしていたのに、いつまで経っても何も思わない。それどころか、

「…うっ…っま!美味すぎる!」

どうしてだ?なんでこんなに美味いんだ。苦手だったはずのビールがこの世で一番美味しく感じられた。
皆で顔を見合わせて笑い合った。私1人だけは違った理由だったけど、不思議に思う理由などどうでもいい。ただただ美味しい、ビールが飲みたい。皆とくだらないことで大笑いをしているこの空間が本当に楽しい。疲れきっているはずの体にアルコールが沁みて、心地よさを引き連れてくる。

程良いところでまた、新しくビールを頼んだ。そのタイミングで来たケーキをわけあって、あっという間に打ち上げから誕生日会へと変わっていった。1杯目の驚きがない分もう美味いと感じられないかと思っていたが、ビールはまだまだ美味しくて口元が綻ぶのが自分でもわかった。


***

ここでひとつ、身の上話を挟むことになる。
東京に来て、世間とズレず大人になっていく自分がどことなく居心地が悪かった。夢を諦める、好きなことを諦めていくのが上手くなっていく自分が嫌だった。なんとなく行くかと決めたライブもなんとなく嫌だった。幼い頃から好きだったバンドだったのにどうしてだろうなあ、と娯楽に慣れ太った精神を憎みそうになった。人並みにわくわくする、でも夜は寝れてしまう。否応なくいつの間にか歳も諦め方も立派な、体面だけの大人になってしまった。

音楽に酔いしれ「やれなかった」「仕方がなかった」という言い訳を感動と共に昇華していた。そんな自分を自覚して恥ずかしかったしどうしようもないと思ったものだった。彼らからもらったものはそんなちっぽけなものじゃない、だって私の心を確かに突き動かしたのだ。だからこそ東京へ出てきたんだろう、と。酒の席で笑いながら視界が滲み始めた。

不意に父の口癖を思い出す。父さんが言っていた美味い飯を食えというのは、何も値段が高い飯だとか希少価値の高いもんを食え、という意味ではなかった。自分がやりたかったことはできているか。友達と会えているか、仕事に打ち込んだりしてるのか。そうして腹が減って食う飯は、冷たいおにぎりだったとしても凄く美味いもんだ、と。あまり深くは考えてなかったけれど、言葉を紡ぐのが苦手な父なりのエールだったんだと今更気がついたのだった。

美味い飯は食えてんのか、としばらく会えてない父が頭の中で優しく笑う。

こんな夜のビールが不味いはずなかった。美味くてどうしようもなくて、泣けてきた。
それでもこんな夜くらいは多く笑っていたかった。
箸が転がっただけでも大笑いしてしまう歳はとうに過ぎているのに、心から浮かれるのをやめられない。

今日だけは。自分と夢と理想のズレを一旦置いといて。ねえ、明日から頑張るからと笑い飛ばした。ああ、なんていい夜なんだろう。言葉にしなくてもわかる、とても感慨深かった夜だった。

***

「もしもし。なんだ、珍しいな、お前からかけてくるなんて」

いつもと変わらない声にホッとして、鼻の奥がジンとする。

後日。思い立って久々に父に電話をかけてみた。穏やかに受け応えする声に後ろめたさを感じ続けた昨日とさよならを告げるつもりで、少し声を張って告げる。あの夜を想う気持ちを無駄にしたくはない、感じたことをなかったことになどしたくはない。

「父さん、私ね。今は普通のご飯しか食べれてないけど、」

しずかに、電話先で頷いてる気がしている。

「明日のご飯は、絶対美味しいものになると思うんだ」

諦めていたことをひとつひとつ片付けようと思えた。中途半端になっているものも含めて、これから何度も挑戦をしよう。ビールがほろ苦い日もあるかもしれない、それでも。諦めることを、諦めよう。私の人生は一度きりなのだ。

乾杯と耳奥でこだまする。あの日ほど美味しいビールには未だ出会えていない。


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