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ごはんとお茶とお茶菓子と  ①最初のデート


ねえ。
わたしたち、これからずっと一緒に食べよう。


初めて一緒に食べたのは、焼き肉だった。
あの日菜緒は自分の思っている以上に緊張していたらしく、それがTさんにバレバレだったことさえ気がついていなかった。

待ち合わせた駅でTさんをはじめて見たとき、菜緒は思わず、心で叫んだ。
「あっ、わたしこの人好き~!」


菜緒、39歳。
実家暮らし。
おひとりさま歴7年。
婚活歴6年。その間お休みもあり。


いま菜緒の目の前でTさんは、ジュージューとお肉を焼いてくれている。
焼けたお肉はお皿にとってくれる。
Tさんのお皿と、菜緒のお皿に、順番に。

ふたりは婚活アプリで知り合った。
メッセージが自然に続いていたので、会ってみましょうということになったのだ。

「焼肉屋さんのごはんっておいしいですよね、いくらでも食べられちゃいます」
メッセージでそう言っていたTさんのごはんは、その日はふつう盛。
「わたしもです。好きな食べものって聞かれたら、迷わずお米です」
そう言った菜緒も、その日は小盛。

Tさんも同じように緊張しているのかな?
そう思って菜緒は訊いてみた。
「緊張してますか?」
「いやぁ、もうしてないです」
そう言って、
「さっきまではしてたんですけど、今はもうだいじょうぶ」
穏やかな笑顔で、Tさんは答えた。

ほっこりするって、まさにこういうことだなと、菜緒は思う。
この人の話し方、声、笑顔、どれもみんな好きだと思った。
お話の内容も菜緒とあっていた。
早口だと逃げたくなってしまうし、声の耳障りがよくないととても一緒にはいられない。
聴覚的相性はとくに大事だ。
そんなこだわりのある菜緒だけれど、その日は心の声が大はしゃぎしていた。
「この人よ~菜緒。この人を逃がしちゃだめ~」

選んでもらった映画もとても良かった。
隣にTさんがいるのも忘れて、菜緒は夢中で見てはらはらと泣いた。
ぐいぐいした人が苦手な菜緒にとって、Tさんの、半歩だけリードしてくれるさりげない感じはすごく素敵だった。

ハートを射貫かれることばかりだった。
それなので、夕食のころには、菜緒は最初よりもカチコチになっていた。

がっかりされなかったかしら。
また会ってもらえるかな。
ああ、断られたらどうしよう。

でも、お願いしなくちゃ。
「あの……また会ってもらえますか?」

そんな菜緒に、Tさんは
「そうですね。また会いましょうね」
目じりを下げてそう言った。

ああ、よかった。
初日、無事クリアです!


帰りの電車に揺られながら、菜緒はぽや~っと夕食時の会話を思い出していた。

天丼とうどんのセットを食べながら、「てんぷらお好きですか」と菜緒が訊いたら、
「好きです。とくに、かき揚げが好き」
という返事が返ってきた。
「わたし、かき揚げ練習します。上手になったら、たべてください」
菜緒は思わず両手を胸の前でくんでそう言った。
先があるのかわからなかったから、なんて言われるか怖かったけれど、
Tさんはあいかわらずにこにこして、
「ぜひ食べさせてくださいね。それから僕も、今度菜緒さんの住んでいる街に行ってみたいです」
そう答えてくれた。

つぎのつぎも、あるかなぁ。
あるといいなあ。

うふふふふ。

6年婚活してきて菜緒はいま初めて、「このひとだ」と迷わない人に出逢った。
いい人はたくさんいたし、いい人と言えばみんないい人ばかりだったと菜緒は思っている。
素敵な人もいたし、心に残る人や、「惜しかったかな?」と思うような人もいた。
でも、どこか、ちがう。
ちょっとちがう。
なにかがちがう。
ぜんぜんちがう。

いままではずっとそうで、そうだったから、本格的なおつきあいには至らなかった。
それが、このたび、やっと、みつけたのです。
Tさん、あなたを、みつけたのです。

これはもう、つかまえなくてはなりませ~ん!


楠菜緒、今日ハンターになりました!







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森宮雨
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