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絵子おばあちゃんとの一日 ①【ポタージュスープ】

ある朝、絵子おばあちゃんがスープを作っていると、電話がリンリンとなりました。

「はいもしもし。おはようございます」
「あ、絵子おばあちゃん、おはようございます」
電話の向こうは、ちょっと緊張したような女性の声です。
「近所の高井戸です」
「ああ、高井戸さんね。おはようございます。どうされましたか」

「あの……じつは、すごく申し訳ないんですけど、今日一日だけ、娘をおねがいできないでしょうか」
高井戸さんは、小学校の先生をしています。
つい最近シングルマザーになったと、ご近所の人から聞いていました。

「ええですよ、もちろんええですよ。そういうときはいつでも遠慮せんで言ってちょうでえ」

高井戸さんはほっとした声にかわって
「よかった……。ほんとにありがとうございます。助かります。これから支度して娘を連れてうかがいますので」
絵子おばあちゃんは
「まってるからね」
と優しく言いました。
その声だけで、電話のむこうの高井戸さんにも、
絵子おばあちゃんがにこやかに迎えてくれるのだとわかりました。

ピンポーン。

「はいはい」
絵子おばあちゃんがドアを開けると、
背の高い高井戸さんと小さな女の子が手をつないで立っていました。

「今日は突然こんなおねがいをして申し訳ありません……」
と頭を下げ続ける高井戸さんの隣で
ちいさな女の子が固くなって俯いています。
そしてたまに絵子おばあちゃんの様子をうかがっているのでした。
今日一日、このおばあちゃんと過ごすことになったのです。
こわくないかな。だいじょうぶかな……。

するとおばあちゃんがしゃがんで言いました。
「はづきちゃん、おとしはいくつ?」
はづきちゃんは、おばあちゃんの顔を見て
手のひらをパーにしながら
「5さい」
と答えました。

そして、はづきちゃんのお母さんは
何度もなんども「申し訳ない」と言いながら、仕事に出ていきました。

ドアの向こうにお母さんを見送ったはづきちゃんの目には、涙がにじんでいました。
不安と緊張でいっぱいだったのです。

絵子おばあちゃんはそんなはづきちゃんに気がつかないふりをして、玉ねぎのみじん切りを続けました。
手を動かしながら、絵子おばあちゃんにも涙が滲んできました。
泣くのを我慢しているはづきちゃんのきもちを思うと、いとおしくて涙がこみあげるのでした。
芯は強いけれど、優しくて涙もろい絵子おばあちゃんなのです。

「はづきちゃん。朝ごはんは食べてきた?」
はづきちゃんはこくんと頷いて言いました。
「のむヨーグルトだけ」
「そうなの。じゃあちょうどええ、おばあちゃんと一緒に朝ごはん食べてちょうでえ」
「うん」
「じゃあここに腰かけて。ここは今日一日、はづきちゃんの席じゃけえね」
はづきちゃんは少し高いその椅子によいしょと登りました。
テーブルに、 まあるいパンと、チーズがとろけたじゃがいもと、スープが並びました。
「今日は思いがけないお客様でうれしゅうてね、ひとしな余分に作ったのよ。こんなん好きかな」
絵子おばあちゃんはじゃがいもを指して、はづきちゃんにたずねました。
「はづき、おいもすき。」
「ああよかった。たくさん食べてちょうでぇ」
おばあちゃんはおおにこにこでそう言って、ごはんを食べ始めました。

絵子おばあちゃんがあまり気にしていないので、
はづきちゃんもだんだんきもちがらくになってきました。
「おばあちゃん、このスープ、なあに?」
「なにかへんだった?」
「ううん、そうじゃなくて……おいしいの」
「ああよかった。何が入ってるかあててみられ」
「うーん……。黄色いから、かぼちゃ」
「すごいねぇ、あたり。ほかには?」
「他にもあるの?…ぜんぜんわかんないや」
絵子おばあちゃんはにっこり笑いました。
「玉ねぎ、キャベツの皮と芯、人参、カリフラワーの茎、じゃがいも……。こういうポタージュスープはね、お料理して残った野菜のくずでも捨てずに生き返らせる魔法のスープなんよ」
「おばあちゃん、すごい!」
はづきちゃんは心からそう言ってまたスープを飲みました。
お腹からのどから、じんわりと身体ぜんぶがあたたまってきます。はづきちゃんはほっとして、少し強いきもちになれて、
「はづきがんばるからお母さんもがんばってね」
そう思いました。

いろんなものがまざっているはずの絵子おばあちゃんのスープは、つぶつぶもざらざらもなくて、さらさらしてミルクっぽくて、とても優しいスープでした。
スープをおかわりすると、おばあちゃんが表面にコーヒー用のミルクでニコニコのお顔を描いてくれたので、はづきちゃんも笑顔になりました。

赤いカップに入った2杯目のスープを飲みながら、
こんなおいしいスープを作ってくれる、
このおばあちゃんにはあんしんしてだいじょうぶ。
はづきちゃんはそう思いました。


2022 11 2

森宮 雨




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森宮雨
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