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湖月の君 雨模様②
街のギャラリーの展示は、クリスマス後の3日間ということだった。まだ3ヶ月ある。季節に合わせた絵を一枚でも出せればと、俊之は考えていた。
今回の展示メンバーは、教室では古株の時任夫妻と、中年の野上という男性、それからこの間出展が決まって嬉しそうにしていた小辻真理子と、俊之の5人に決まった。
特に挨拶もしないが、画材置き場に行く時にはちらと真理子を見るようになった。生成のエプロンを纏って黒のアームカバーをはめ熱心にキャンバスに向かっている。斜めに三つ編みにした髪と緩やかにこぼれた後れ毛が白い肌を浮き立たせている。
美しい人だと思う。
他の人から見てもそうなんだろう。
なんともないように画材を持って俊之は自分の席に戻った。
前回は水墨画を出したが今回は鉛筆画にするつもりだ。自分にとって大切な場所を、鉛筆だけで表現してみたい。
1時間ほど描いて、ひと息つこうとお茶を飲みにキッチンに行くとちょうど真理子がお茶を選んでいるところだった。
「あ…お疲れ様です」
俊之に気づいた真理子は少し緊張した様子を見せて言った。おとなしいこの人には挨拶も精一杯なのかもしれない。
「小和田さんもお茶ですか。何になさいますか?わたしも飲むので淹れますね」
そう言われたけれど、世話をされるのが好きではないので断った。
「大丈夫です。自分でやるんで」
相変わらず素っ気なく答えると「ごめんなさい」と真理子は手を止めた。
そして急いでカップに自分の紅茶を注ぐと「失礼します」と丁寧にお辞儀をして部屋を出ていった。笑っていたけど無理をしていたのだろう。
ずいぶんと緊張させているのだなと思うと自分が嫌になるような気がした。
後半描き終えて画材をしまう時には真理子の姿はもうなかった。
帰り支度をして玄関を開けると外は小雨だった。
ああ、と思って俊之はそのまま外に出た。
鞄に入っている折りたたみ傘を出すこともなく、歩いて駅に向かった。
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