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ごはんとお茶とお茶菓子と ③ふたつのものがたり
Tさんの手の感触を、何度も思い出してはぬくぬくとしていた。
つぎのデートは氷川神社と川越の街歩きに行きましょうと、Tさんから提案があった。
その神社には白蛇が祀られていて、テレビ埼玉で特集を見てから、菜緒もそこに行ってみたかった。
そのことを言うとTさんも笑って、
「縁結びのご祈願をしたいなと思って」
と言った。
実はTさんと出会う直前に、菜緒は二度蛇の夢を見ていた。
ちいさくてかわいい白い蛇のと、青く輝く蛇の夢。
蛇の夢は恋愛成就とか金運アップとか、とにかく縁起がいいらしくて、叶うまで誰にも言わないほうがいい、と本で読んだことがあった。
だからまだ言わないでおこうかなと思って、心にしまった。
待ち合わせの場所に行くと、紅葉狩りのときと同じように助手席には温かい午後の紅茶が用意されていた。
Tさん、素敵すぎます!
その日も穏やかに晴れていて、神社は七五三の衣装を着たこどもたちや、結婚式もあって賑わっていた。
その人混みのなかで、ふたりはおみくじをひいたり、絵馬を書いたりした。
おみくじには、Tさんのにも菜緒のにも、秋の終わりごろに恋愛成就のようなことが書かれてあった。
「これ、あたってますね」
ふたつのおみくじを見てお互いに喜びあった。
絵馬を買って、菜緒がTさんにペンを渡すと、
「菜緒さんが書いてください」
とTさんが言った。
菜緒は、はい、と返事をしてから、
「なんて書きましょうか」
と聞いた。
「家族円満、で」
悩みもせず、Tさんはそう答えた。
そうなんだ!
そうなのか!
菜緒は内心ほくほくしながら、Tさんが言った言葉を書いた。
そこに、お互いがサインをして、あとからTさんが日付を書き足した。
初めて見るTさんの文字は、丸みがあって、尖ったところのないその声とよく似ていた。
彼の字も好きだと思った。
恋愛成就とかじゃなくって、もう家族円満というのは、なんて嬉しいことでしょう。
さすが婚活アプリです、感謝します。
ここまで迷いもなく好きになったら、普段は大事な慎重さというものも、もうあんまり重要じゃないと思った。
周りの人は驚くだろうし、自分たちにとっても異例の速さで、「こんなことってあるのね」と思うけれども、人の手前のために時間をかけるような嘘っぽいことをしてもしょうがない。
これはもうはやく身を固めるべし。
ハンター菜緒はそう思っていた。
Tさんもそうだったのかどうかは後日談。
神社をあとにして、小江戸川越をふたりで歩く。
その日は最初から手を繋いでいた。
お昼ご飯はなんとなく建物の二階にある隠れ家的なお店に入ったが、これが当たりだった。
Tさん下調べでもしてたのかしらと思ったけれど、本当のところは菜緒は知らない。
窓の下の賑わいを静かに眺めながら、Tさんはうなぎとお蕎麦のセットを、菜緒は漬け丼とお蕎麦のセットを食べた。
目の前でうなぎをほおばるTさんは幸せそうで、僕うなぎ好きなんです、と言いながら食べていた。
「このお蕎麦も、すごくおいしいですね」
「お店、当たりですね」
「なんだかいろいろに、祝福されてる感じがします」
おいしい、おいしい、とよく顔を見合わせて笑った。
それからちいさな美術館に入ってお茶とお茶菓子までごちそうになり、最後はお土産を買って帰ることにした。
菜緒が『べにあかくん』が大好きだと言って買ったので、Tさんも『べにあかくん』が入った箱を買った。
ご実家の分と、伯母さんのうちの分だと言って、大きな箱を二箱選んでいた。
幸せいっぱいお腹もいっぱいで、車の中でうとうとしていた菜緒にTさんが声をかけた。
「実家が近いので、両親に挨拶していきましょうか」
ええっ、と思って急に目が覚めた。
緊張するけれど、嫌ではなくて、嬉しくて。
だって、ご両親に紹介してくれるっていうのは、ますますきちんとしたおつきあいってことだから。
菜緒はそう思って元気が出た。
「じゃあそのうち、うちにも来てくださいね」
するとTさんは、
「そうですね。次のときにでも、うかがいましょうかね」
と言った。
つぎ……。
はやい。
うれしい。
窓の外を眺めながら、電撃婚ってこんな感じなのかしらなんて、菜緒は思っていた。
その時何度か、555や5555を目にした。
それをゴーサインだと思うのは、なにも郷ひろみさんの影響じゃないはずだ。
Tさんのおかあさんは、すばらしかった。
なにがどう素晴らしいかなんて説明しがたく、ただただ、心があったかくなる、菜緒の大好きな感じの人だった。
「わたしこのおかあさん好き!」
会った瞬間、心が叫んだ。
Tさんのときとおなじように。
運命の人とは、その家族とまでこんなふうに違和感なくなじむものなのかと、しみじみ思った。
川越デートのつぎのときは、Tさんはほんとうに菜緒の家に来て、両親にも挨拶したのだった。
住んでいる家を実際に見てからわかる諸々のことを肌で感じたうえで
Tさんは、
「僕はいつ籍を入れてもいいですよ」
と菜緒に言った。
「来年じゃなくてもいいんですけど、3月が好きなので、できれば3月がいいです」
菜緒がそう言うと、
「じゃあ、こんどの3月にしましょうか」
Tさんは優しく穏やかにそう言った。
みんなでたい焼きを食べている席でそのことを親に報告すると、あまりに早いので驚いていた。
それはごく自然な反応で、とりわけ常識的で仕事のできる菜緒の母に関しては、許容範囲外かもと菜緒は思っていた。
けれど意外に、それよりも笑顔が家族に広がった。
飼い犬までがしっぽをふりふりしてすりすりして大歓迎だった。
菜緒はその中で笑っているTさんを見て、運命だ、運命だ、と思わないではいられなかった。
その日Tさんは、
「なめこのお味噌汁、おいしかったです」
そう言って帰っていった。
手料理を喜んで食べてくれて、感想まで伝えてくれるなんて、最高です。
赤い糸の人との出逢い(再会?)っていうのは、自分が思っている以上に、いろいろなものごとを大きく変えてしまう力があるのかもしれない。
実際菜緒は、疎遠になっていた親友からの誤解が解けたり、何年も途絶えていた妹との関係が修復されたりして、すごくらくになっていた。
それからその仲直りできた妹がやけにスピリチュアリティが高くなっていたりもして、菜緒に合った本や食事療法など、いろいろ教えてくれるようになった。
雪解け後の妹との関係は、昔よりはるかに風通りの良い、大切で素敵なものになった。
悩みつつも決断できないでいたことたちは手放すことができ、人生の軸たるものには、本腰を入れて取り組めるように変わった。
これらの大きな大事な変化が、Tさんとの出逢いから始まったのだから、やっぱり運命ってすごい、のひとことに尽きる。
いろいろあった、素晴らしき菜緒の人生。
おなじくいろいろあったTさんの人生と、
これからふたつのものがたりが重なってゆきます。
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![森宮雨](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/70934810/profile_8642cc4a6bbba4cc9ba16d16bfbc933a.png?width=600&crop=1:1,smart)