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湖月の君 もう少し④
後日、展示会場だった街のギャラリーから、俊之の家に電話が入った。
真珠のイヤリングが落ちていたという。
真珠と聞いて、俊之は真理子のものかもしれない、と思った。
大事なものかもしれないからと、夜が来るのを待って、早めに電話をかけることにした。
真理子に電話をするのはらくじゃなかった。
なんとなくあれこれ考え身構えてしまう。しかしかけてしまえば、なんてこともなかった。
何度もコールしないうちに真理子は出た。ゆるやかな声を聴いているうちに、俊之もだんだんと気がほぐれてゆく。
手短に、と思って用件を言うと、
「それは、私のじゃないです」
と真理子は言った。
そしてはっとした。
真珠と聞いて彼女のものだと思ったのは、自分が彼女に抱いている印象だったのだ。
それからしばらく話をした。
用件だけと思っていたはずが、もう少しだけと、ひきのばされてゆく。
真理子もおなじようなきもちなのか。
沈黙が続いても、またそのうちにどちらからともなく話し出す。
黙っていてもらくだった。
話しているのが、楽しかった。
通話が好きではない俊之が、気がつけば一時間近く喋っている。
切りがたいけれども、もう切らなくてはいけない。
仕事に差し支えてはいけない。
若い人の、邪魔になってはいけない。
俊之は自分から切ることにした。
「じゃあそろそろ……」
すると真理子は慌てて言った。
「ひきとめて、ごめんなさい」
「そんなふうには思ってませんよ」
そう俊之が言うと、真理子は、ちがうんです、と続けた。
「私、ひきとめてたんです。もっとお話してたくて、もうちょっと、もうちょっとだけって。でも、これじゃ、もうちょっとがずっとになって、ご迷惑になってしまう」
俊之は内心動揺したが、落ちついた声で言った。
「もうちょっとがずっとになっても、私はべつにかまいませんよ」
すると少しの沈黙の後、
「もう切りますね」
と真理子は言った。
難しい。
なんなんだ。
わけがわからない。
そう思った後で俊之は、いや、ほんとうはすごくよくわかる、そう思った。
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