レモンの花が咲いたら 13
13 美月
目を開けると、そこはやはり真っ暗な世界だった。どうやら私1人。玄さんは?玄さんはどこに行ってしまったの?
玄さん。私の大好きな、素敵な人。この世界でいちばんと言っていいくらい、心の清らかな人だ。そんな玄さんがさっきまで隣いたのに。どこに行ってしまったの。
あたりを彷徨っていると、背後に気配を感じた。真っ白な光が、そこにあった。
「な、何・・・・・・玄さんは?」
私の言葉に応えるように光は更に強く輝いた。そして、その光から声が聞こえた。
「もうそのときが来ました。こちらへ来なさい」
その声は、たまにどこからか私に終わりが来たことを告げる声だった。
全てを悟った。私はもう死ぬんだ。
今までだったら、やっと死ねる。もう意味のない人生は終わりなんだと思えて、分かりましたとすぐに頷いてその光について行ったのだろう。でも今は違う。大好きな人が出来た。そして、本当についさっき、思いが通じ合った。それなのに、もう離ればなれにならなきゃいけないだなんて。そんなの無理だ。
「待って、まだ嫌だ。死にたくない!」
「でも、あなたの命の蝋燭はもう尽きています。無駄な抵抗はやめて、こちらへ来なさい」
光は更に強くなった。眩しい。
「嫌だ!お願い!もう少しだけ!せめて――」
私は叫ぶように言った。
「玄さんの顔を見て死にたい!!!」
*
つんとした消毒液の匂いで目が覚めた。かすかに、ピッピッピという、酸素吸引器の音が聞こえる。
ここは・・・・・・・・・病院?
「あ、美月さん!!今すぐ先生と屋敷さんを呼んでくるね!!」
看護師さんの声だ。
私、生きてる・・・・・・。病院にいるんだ。
しばらくして、バタバタという足音が聞こえた後、勢いよくドアが開く音がした。
「美月さん!」
「美月ちゃん!」
私は声が聞こえた方に顔を向けた。今顔を動かすのも精一杯だ。
「げ、玄さん・・・」
玄さんは、私の手を握ってくれた。
「よかった・・・・・・本当に良かった・・・・・・」
先生はしばらくして、
「目が覚めて良かったわ・・・。しばらく経過観察ね。今のところは心拍も安定しているようだから。ゆっくりしていなさい。ただ、無理のないようにね」
と言って、先生は去って行った。
玄さんはずっと、良かった、生きてくれてて良かった、とずっと言っていた。手に、涙が落ちる。
「玄さん」
「ん?何?」
「服・・・・・・ごめんなさい。汚しちゃったよね」
玄さんに初めて抱きしめてもらったとき、凄く幸せだったけれど、いきなり体中が痛くなって、吐いてしまった。やばい、と思ったらすぐに吐いてしまったので、玄さんの服にかなりかかっているはずだ。
玄さんは、ああ、と笑って、
「大丈夫だよ、こんなん。着替えれば良いしさ」
「そっか・・・ごめんね」
真っ暗な世界に、灯る灯火。私にとって、玄さんはそんな存在だ。
もう終わりが分かっているなら、もういっそ・・・。
「ねえ、お願いがあるの」
「ん?どうした?」
一瞬だけ迷う。本当にこんな願い、聞いてくれるだろうか。いや、聞いてくれなくてもいい。言うことに意味があるんだ。
「私ね・・・・・・玄さんの、お嫁さんに、なりたい」
思わず涙がこぼれる。まただ。また涙がこぼれた。玄さんといると、涙もこぼれるくらい心が鮮やかに動く。
玄さんは、声を震わせていった。
「もちろん。むしろ、俺とずっと一緒にいよう。ずっと一緒に生きていこう」
ずっと一緒に生きる。その言葉が、もう私には叶わない夢だと想うと切なかった。
こうして今目覚めたとは言え、もう私は本当に長くない。明日の朝日を浴びることが出来るのかすら、分からない。口約束しか出来ない自分が悔しい。
正直まだまだやり残したことは沢山ある。玄さんと、もっと一緒に生きていたかった。一緒に笑って、一緒に泣いて、全ての感情をわかり合っていたかった。
それも、もう叶わない。
「でも、もう私は・・・」
「そんなこと言わないで。きっともうよくなるから。大丈夫。こんな辛いの今だけだよ」
玄さんはそう言ってくれるけど、もう無理なのは内心向こうもきっと分かってはいるんだろうな。
なら、せめて。
「ねえ、玄さん。もう一つだけ、聞いて」
「うん」
最後に私はこれを望む。不可能だとわかっていても。
玄さんのお嫁さんになること。そして、
「一度だけで良いから、玄さんのそのお顔を、この目で見たいの・・・・・・」