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咲かないと思ったのに


 職場で、年末の挨拶でよくしてもらっている会社からシンビジュームを頂いた。大層立派なもので、花もかなりついていた。毎年の貰い物だそうだが、かなり大きくて正直置き場や栽培方法にも困ってしまっているようだった。


 学生の頃花の栽培を学んでいて洋蘭だって少しは勉強していたはずなのに、全くわからなかった。洋蘭だから温暖な方がいいはず、水もそこまでやらなくていいのか?そうこうしているうちに、シンビジュームの葉の色は悪くなり、花は全部落ちてただ葉っぱが四方八方に伸びているだけの、なんとも言えない観葉植物みたいになった。


 まあ学校を卒業してからもう何年も経っているし、洋蘭の栽培も本当にかじり程度だったからなあ、と思いつつもどこか悔しさが残った。負けず嫌いで自己顕示欲が強くて他人からの評価を気にしがちな私としては、そうやって言い訳しているのが許せなかったのだと思う。でも、事実私は自分の知識不足でシンビジュームを枯らした。こればかりはどうしようもない。水をやろうにも、去年入りたての頃にシンビジュームに水をやったらたちまち枯れて(今でも原因はわからない)上司に捨てられたのを思い出して、なんだか怖くなってできなかった。シンビジュームからしてみれば飛んだとばっちりである。
 プライドだけは一丁前に高いので、今年はどうにかしようと決めた。祖母が花が好きで色々な植物を育てているほかシンピジュームも何鉢か育てていて、植え替えなどを祖母に教えてもらおうと思い立ったのである。また、調べたらちょうど植え替えの時期だった。


 植物が好きな人は穏やかな人が多いが、祖母は相当な苦労人でまた結構物言いがきつい人だった。あまり弱みを見せず、弱音も吐かない。自分にも相当厳しいが、他人にすらも厳しい。孫にすらも厳しい。それゆえあまりここ数年は祖母の家に寄り付かなかった。だから1人で行くのは気まずい。母に事情を話して、母と一緒に祖母の家に行って指南してもらうことにした。

 祖母の家に行き、持ってきたシンピジュームを見せると、

「何これ!あんた土がカラカラじゃん!」

「前水やったら枯れたんだよ」

「そんなわけないでしょ!てことは水一回もやってないんでしょ!」

 お見通しである。

「全くあんたは。これじゃいじめだよ。かわいそうに、バルブもこんな小さくてーー」


 ボロカスである(母曰くまだ可愛いものだそうだが…)。もう笑うしかなくて私は笑っていた。

 散々罵倒しながらも祖母はしっかり私と母に植え替えを教えてくれて、無事に終わった。そして、「これいい奴だから」と固型肥料(マグアンプのようだった)を鉢に蒔いてくれた。そして、

「いいか、むしろこの子たちは水が欲しいんだからちゃんと水やるんだよ」


「夏は朝と夕やりな」


「冬はもう少し間隔開けてもいいけど、花芽が出たら頻度増やすんだよ」


 と、みっちり教え込まれてもらった。



 それから祖母の言いつけを守り、夏は毎日水をやった。仕事行く前と、仕事終わった後。私が忘れてる時は母が水をやってくれた。しかし、その年の夏は異常に暑くまた雨も少なかったので、葉焼けを起こしてしまった。新芽も何本か出てバルブも太くなっていたが、何枚か葉っぱにヒョウ柄みたいな模様が施されてしまったのである。

 夏を超えた頃、私はふと思う。

(こんな葉焼けして、咲くんか?)

 正直洋蘭を栽培を少し学んで入るが、詳しくはやっていない。カトレアの農家に2ヶ月研修に行ったが、鉢替えと雑草抜きと梱包作業しかしていなかった。本来はどのように夏越しをして冬を迎えるのか、学んでいない。秋が深まっても、冬を迎えても、シンビジュームに蕾らしく何かがつくことはなかった。


 葉焼けしているから咲かないのか。それとも私たちの栽培がまずかったのか。夏が暑すぎたのか。原因が色々ありすぎてわからない。しかし、ポジティブ思考が働いて、

(まあ再来年咲くか!)

 と呑気にまた水をやり始めた。調べると、冬は水やりの頻度は7〜10日にいっぺんに減らすということだった。忘れないように、最後にやった日がいつなのかを記憶しておいて、仕事に行く前にたまに水をやることにした。


 結局年明けまで花芽が出ることはなかった。職場には、また新しいシンピジュームが同じ会社から贈られてきた。
 去年みたいな失敗はしない。そう決めて私はしっかり水をやった。もちろん、頻度は低めで。でもやる時は水をたっぷりと与えた。去年は2月には観葉植物状態になっていたが、今年はまだ花が残り続けている。


 節分の次の日。休みだったので私が部屋で録画していたドラマを見ている時だった。


「シンピジューム蕾ついたね」


 母が何気なく言う。私は最初母がなんて行ったのかわからなくて適当に「うん」と言ったが、次第に意味がわかって「マジで?」と思っていた。そんなところで嘘をつくとは思えない。でも、あんなに咲かなそうなビジュアルしてたのに。

 玄関に置かれた、シンビジュームを見に行く。すると、まだ小さいが確かに蕾があった。次期に伸びて綺麗な花を咲かせるのだろう。咲かないと思っていたのに。

 嬉しくて私はシンビジュームの蕾を撫でる。柔らかくて、少しだけ冷たかった。

 調べると、花芽がついたら2日にいっぺんは水をやるらしい。昨日ちょうどやったので、明日の朝仕事に行く前に水をやろう。

 せっかく蕾をつけてくれたんだ。去年みたいにはならない。綺麗に咲かせて職場の人と祖母に見せるんだ。


《了》


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