4歩歩いた先にコーヒーがある 11
12月24日、土曜日。今日はクリスマスイブだ。土曜日で休みだし、街はどこか浮ついている。
でも、今日は巡さんは仕事だ。土日は基本的にカフェは忙しいし、そこにクリスマスなんて忙しいに決まっている。
朝、巡さんは準備が色々あるからといつもより早く出て行った。
「ごめんね、菫。せっかくのクリスマスイブなのに」
「ううん。気にしないでいいよ。頑張ってきてね」
「ごめんよ。行ってきます」
そう言って巡さんは私の頬にキスをし、部屋を出ていった。巡さんの爽やかな香水の香りが当たりを包む。
クリスマスイブと言ったって、別に特別なことは何もない。いつも通りに時間は過ぎていくし、空の色が変わることもない。何をしなければいけないというようなことだってない。
そう自分に言い聞かせながら、私は部屋の掃除を始めた。年末も近いし、一度掃除をしておこうと思ったからだ。気も紛れるし。
寂しくないと言ったら嘘になる。元々家でクリスマスを家族で祝う習慣もなかったから大丈夫なはずなのに、せっかくの休日を、それもクリスマスでみんな恋人と過ごしてるのに自分は1人だという事実が悲しくなる。本当は私だってクリスマスを巡さんと楽しみたいしイルミネーションに行ったりしてみたかった。でも、そうはいっても仕事なのは仕方ないし、駄々をこねるわけにもいかない。一応私も大人だから、そこはしっかりしなきゃ。
ある程度掃除したところで、お昼ご飯を食べている時だった。何気なくつけていたテレビでは、「まだ間に合う!クリスマス特集」という内容の情報番組をやっている。間に合うも何も、当日中なのだから大丈夫なのか?明日に持ち越しになるのでは?そう思っていたが、
【おうちの人が忙しくても大丈夫!楽しくパーティー!!】
自分で簡単にできる、クリスマスのホームパーティーの準備の仕方だった。不器用で料理下手でも大丈夫なレシピ、100均やすぐ近くにあるものでできる飾り付けやツリー、手軽かつ綺麗にできるものばかりだ。私は慌ててその番組を録画した。そして、ご飯をさっさと食べてメモをとり、一通り見終わるとすぐに出かけた。
最近、お互いが忙しくてどこかすれ違ってしまっていた。変わらず巡さんは優しいし、喧嘩をしたとかそういうわけではないけれど、ご飯を食べたら巡さんは疲れてるのかすぐに寝てしまうことも多いし、私も私で忙しくて家にいる時は寝てることが多かった。休みも今月は一度もあっていない。だからこそ、今日は特別な日にしなきゃ。そして、その特別さを作るのは他の誰でもない、自分だ。
スーパーやドラッグストア、100均…近くにあるいろんなお店を回って、それっぽいものを買って帰る。そして、帰って大慌てでクリスマスの飾り付けをした。
色々上手にできないし、上手く生きれていない私だけど。今こうして生きてるのは巡さんのおかげだ。少しでも巡さんのために、できることをしたい
それっぽくなんとか飾り付けをし、料理に取り掛かる。チキンを作るのは絶対に無理だとわかっていたので、ローストチキンを買ってきて、サラダとスープを作ることにした。巡さんはピザが好きだから、ピザも買っておいた。
そうして台所で奮闘しているうちに、なんとか完成した。サラダを味見してみると、ボソボソしていた。マヨネーズが足りなかったようだ。スープを味見してみると、私としては美味しく思えて安心しかけたが、自分の舌が薄味を好んでいることを思い出した。私の実家は薄味料理が多かったからだ。
やはり、私はうまく立ち回れない。これでも頑張ってるんだけどなあ。でも、むやみやたらに塩を入れたりするのも何か怖いのでもう手をつけないでそのままお皿に盛り付けることにした。美味しくないと思われてもいいように、一緒に調味料も持って行った。そうすればいつでも自分好みの味付けになる。
テーブルに並べて、あとは巡さんの帰りを待つだけだ。テレビをつけて、椅子に座る。録画していたバラエティでもみよう。時計はもうすぐ七時。今日も遅くなるだろうな、寂しいな、早く帰ってきてほしいなーーー
「ーーれ、菫」
優しい声で目を覚ます。どうやら寝てしまっていたようだ。顔を上げると、そこには巡さんがいた。
「巡、さん?」
巡さんはふっと笑い、
「ありがとうね、こんなふうに飾り付けしてくれてたなんて」
「ん、いや、そんなうまくできなかったけど…」
「そんなことないよ。君が何かをしてくれたことが、僕はすごく嬉しいんだ。最近遅く帰ることも多くて、寂しい思いをさせたしね」
その言葉に、涙が溢れそうになる。巡さんもわかっていたんだ。
「菫、こっちへ」
巡さんが両手を広げる。私は迷わずその胸に飛び込んだ。外にいたから冷たいはずなのに、巡さんはとても暖かかった。
「君こそが僕の宝物でプレゼントだよ」
涙が止まらない。こんなにも歪で不器用で汚い私を、巡さんは一心に受け止めてくれる。
私も、巡さんが宝物だよ。そう言おうとしたけれど、涙がどうしようもなく流れて言えなかった。でも、巡さんはそれがわかっているかのように私の背中をさすった。
ひとしきり巡さんの腕の中で泣いていたが、
「菫、そろそろご飯を食べよう。君が作ってくれたご飯、食べてもいいかい?」
「も、もちろん。そんなに美味しくないかもだけど」
「菫が作ったものは、なんでも美味しいよ」
そう言いながら巡さんは上着を脱いでクローゼットにかけた。
「ワインがあるよ、君とクリスマスに飲もうと思っていたやつが」
「あ、やった!!私お酒買い忘れちゃってさ」
「ははっ。でもそこは需要じゃない?」
「いいもん。巡さんが用意してくれてたもん」
そう会話をしながら、私たちは食べ始めた。スープもサラダも、美味しく食べた。ローストチキンやピザの濃いめの味付けとよく合うと言っていた。調和が取れていたのだろう。
食べ進めていると、巡さんが「菫」と呼んだ。
「ご飯中だよ」
「いいから。こっちへ」
そう巡さんの甘い言葉が刺さり、私は負けて巡さんのところへ。すると、巡さんは私を膝の上に座らせて、後ろから抱きしめた。
「ねえ、重くない?」
「そんなことないさ。今日くらいはこうしてもいいでしょ」
巡さんは後ろから私の頬へキスをする。
「まだパーティーはこれからでしょ」
「だからこそだよ。君の温もりを感じて僕はクリスマスを迎えるんだ」
熱い気持ちが喉を通っていく。巡さんとのクリスマスは、2回目。でも、1度目は付き合ってなかったから、実質一回目だ。これからも、何度も、こんな甘い時間が来たらいいのに。
幸せなクリスマス。出かけなくても、忙しくても、こうして幸せになれるんだ。私はそう噛み締めがら、巡さんと過ごしていた。