瞳の先にあるもの 第67話(無料版)
※書き下ろしなので、誤字脱字や展開など、今後内容が変更される恐れがあります。ご了承下さい。
白色で足首まであるノースリーブを纏い、細い槍を持つ女性。裸足で飾り気もほとんどない。
正体を確認しようとした情報屋だが、体が崩れ落ちてしまった。
「ふむ、まずは休んだ方が良さそうだな。地上にいる者も後で呼ぶ、安心すると良い」
ガコン、と開いた扉からは、同じ服装をした女性たちが出て来た。重傷者の情報屋はおんぶさせられ、抱えられたアマンダと共に早々に中へと連れて行かれる。
残った者たちは、それぞれの状況を聴取された後、部屋へと案内された。
結局のところ、全員の体力が回復するまで待つことに。一週間後、情報屋が日常生活を送れる様になったので、説明の為にアマンダ以外の関係者一同が席に着いた。
なお、エスコの体は半分透き通った状態である。
「ここの暮らしには慣れたか」
「お陰様で。まだ戸惑いはありますが」
「そうか。不自由をさせぬようと命も受けている。気になる事があったら遠慮なく言って欲しい」
と、女性。ヴァルキリーの一人で、スルーズルという名を持つ。ちなみに、ヴァルキリーは武装したオーディン神の侍女であると言われている。とはいえ、あくまで大陸に伝わっている限りなのだが。
全員に紅茶が行き渡ると、スルーズルは話し始めた。
ここに集まって貰った理由はただ一つで、ヘイノたちの戦力強化の為だという。数百年前は白兵と魔法師が共闘していたが、現在では別々になっているので、中核の人間だけでも慣らしておきたいそうだ。
「こちらとしては、願ったり叶ったりですが」
「勘繰るな、とは言うまい。こちらにも思惑があり、最終的にはお互い様になるのだ。気にしないで貰いたい」
優れた戦士は、死後、ヴァルキリーによって宮殿へと招かれるらしい。この様な話は逸話として大陸にもあるが、実際は不明だ。
少なくとも招かれた者たちは、まだ生きている状態でここに来ている。情報屋を通して神々が一行を呼び寄せた理由には、一応なっていた。
一番の利点は、アマンダについてである。
令嬢に掛けられた魔法は、人間の手に余る力で、死者の国を治める神ヘルの力が込められているとのこと。神が関わる以上、地上に住まう魔法師では太刀打ち出来ない為、神々は近い系統を会得しているハンナの力を強化して対応しようと考えたらしい。
魔法師を介する事で、アマンダへの負担が減り、魔法も馴染みやすくなるのでは、との結論であった。
また、一行の力を高めようとしているのも、地上で対処可能にする為だという。全ての元凶は、女神が創った道具をいじり、遊び半分に使っている神ロキにある、と伝えた。
「オーディン様も頭を抱えていてな。少し前にそなたらの世界に入り浸っているのが分かったのだ」
「少し前、ですか」
「気づいたのは数年前だ。ロキ自身はコラレダという国が変わった頃には既に降りていたらしいと伺っている」
身近な四大魔法師も時間の感覚が少しずれている時があるため、ヘイノはそれの延長版として考えながら話を進める。
「神の気まぐれが原因でそちらの世界に多大な被害を及ぼしてしまっているからな。謝意を含め、我々も責任を取らねばならん」
ふう、と、息をつくスルーズル。騎士と魔法師間の話だと思っていたことが、まさか雲の上の存在まで関わってくるとは、誰が想像しただろうか。
ほぼ全員が放心する中、情報屋の瞳は怒りで溢れる。が、フードが上手く隠していた。
「何と言えば良いのか分かりかねますが。今まで不可解だった事も解決出来そうです。我々人間側としては、この戦争を終わらせたいと思っております」
「ああ。その為に、そなたらは混合で戦える様にしたほうが良い。別々だと対策が取りにくいからな」
「畏まりました。ご指導して頂ける事に感謝致します」
「そんな硬く考える必要は無いぞ。要は慣れだ、連携出来るようにすれば良い。娘の件もある、地上で訓練するのは危険と判断しただけの事」
「そうですね。おそらく慣れる前に潰されるでしょう」
「うむ。ロキは今の状況を楽しんでいるからな。後はそなたたちの体に合わせて始めよう」
女性は立ち上がると、意識共有の時間は終了し、それぞれの生活スタイルに戻る。
ヴァルハラの時間は地上と殆ど変わらないようで、人間たちに時差ボケの症状は起きていない。また、人が住まう場所よりも高所にあるとされているヴァルハラだが、酸欠にもならず、誠に不思議な場所だと思われている。
清潔なベッドに広い浴室、割り当てられた部屋はアマンダと情報屋を除いて相部屋だが、実に広々と悠々自適だ。
「まるで貴族の生活みてえだよな」
「だね。こりゃ戻れる心配になってきたよ」
「えー。何のー」
「生活の質だよ。まあ部屋と風呂以外は、ライティア家とほとんど変わらないけどね」
「ふうん。気にもしてなかったなー」
「ホント、おめえはどこ行ってもマイペースだな」
「そうかなー」
「図太いというかちゃっかりしてるっていうか。適応力高いよね、ギル」
「そう? ありがとー」
「のほほんとしてんのはツラだけだもんな」
「いえる」
「んー。褒められてるのか貶されてるのか」
ちなみに、アードルフは一歩後ろから弟分たちの話を聞きながら、相変わらずだと安心していた。
そうこうしているうちに、彼らは風呂場へと到着した。男女別に設置されている入り口は、中の湯自体も離れた場所にあるという。
女性のほうが若干高いところに造られたらしいが、この辺りは人間も神も防止という点で共通しているそうだ。
湯を掛け頭髪や体の汚れを落とすと、奥へと移動する。
「やあ。今日は早いね」
「おう、旦那。どうだい、調子は」
エスコの火傷に響かないようにそうっと入る傭兵組。初めは酷い傷を見せたくないと思っていた彼だが、今は自ら話し掛けている。
というのも、初日は痛みでほとんど話せなかったのでヘイノを仲介したところ、彼らは傷よりも身分のことを気にしていた。平民が貴族と一緒に行動すること自体まれであるのに、入浴となるとなおさら、らしい。
「将軍殿、タオルは代えたの」
「入ったばっかだから大丈夫。湯をかけてもらえるかい」
「了解」
ヤロと異なり、少々他人行事のイスモ。初対面時に比べると大分トゲは無くなったが、まだまだ身分が遮っているのだろう。
「随分と良くなって来たみたいですねー」
「そうなんだ。見た目はほとんど変わってないけど、痛みがなくなってきててさ」
「へえぇ。そんなに効くのか、湯治って」
「ここだからじゃないかな。地上にいたときは、入浴中に痛みが治まるぐらいだったし」
「そいつあ凄えな。さすがは神の国ってか」
「同感。ここなら普通に話せるから、僕自身も驚きだよ」
このまま日常生活も送れるようになるといいんだけどね、とエスコ。会話が続く中、ヘイノも輪に加わる。
「どうだった?」
「やはり断られた。誰とも入りたくないそうだ」
「ありゃ。顔を隠せないからかな」
「ああ。どうしても見られたくないとね」
「旦那たちもダメだったのか。あいつ、実は女だったってオチじゃねえよな」
「さあ。あの子からは性別もはぐらかされているがね」
「んー。雰囲気的には男の子っぽいけどねー」
「でもさ。何でそんなにかたくななんだろうね。魔法師の前でもフードとらないし」
「以前、凄い目立つ外見だから隠していると言っていたな。だからだと思うが」
「ふうん。まあ、魔法を使う情報屋ってだけでも目立つけどね」
将軍たちがフィリアより紹介された当時から、情報屋の子供は顔も名も影に覆われたまま。おそらく、少なくとも四大魔法師なら容姿も理由も知っているのだろう、と彼らは思った。
話題に上っている人物は、その頃、頭にタオル、ひざまで覆う同様の布を腰に巻いていた。地上よりも良く映える月は、大きい瞳と長いまつげを神秘的に魅せている。
わしゃわしゃと髪から余分な水分を吸収させると、少々ボサボサになった頭髪を手櫛で落ち着かせた少年。ふう、と息を吐くと、椅子に座った。
目の前にある鏡には、心臓を左右に分割するかの様な、大きい傷が反射している。
彼は左手から、小さな小さなつむじ風を発生させた。日々を広げるだけ広げると、風も徐々に大きくなって行く。
ふ、と、握りこぶしを作ると、中にあった風も止む。同じ動作をすると、先程よりも小さいつむじ風が起こった。
ため息をついた子供は、腕をぶらぶらさせた後、再び手を開いたり握ったりするが、出て来る風は、全て大きさが異なっていた。
しばらくすると、ノック音が響く。我に返った情報屋は、慌てて服を身につける。
「情報屋、おらぬのか」
「ごめんごめん、服着てた」
「そうか。入っても大丈夫か」
「うん」
カチャリと扉が開くと、リューデリアとサイヤが入室。少し驚くと、静かにドアを閉めた。
「あら~、珍しいわね~」
「あー、いや。二人だってわかったからいいかなって」
「それもそうだな。体はどうだ」
「体力は戻ったけど。魔力の調整がうまくいかなくて」
と、子供。魔女たちが来る前に行っていたエクササイズを再現すると、アメジストの瞳に銀糸がゆらゆらと映る。
「ん~、どれどれ」
サイヤは少年の目を覗き込み、彼の左手を両手で包む。もう一度発現するように頼むと、彼女の水色の髪もゆらゆらと揺れた。
「感度が少し鈍ってるみたいね~。何か気になることでもあるの~」
「気になること? うーん」
サイヤの言う感度とは、魔法を使う際に必要な魔力の放出力の事を指す。感度は心身の不調によっても左右される場合もあるという。
「強いていうならちょっと悪い気はしてたかな。何度か風呂誘ってくれたんだけど」
「そういえば、食後にヘイノやヤロが声を掛けていたな。その時か」
「うん。ほら、顔を見られたくないし、傷もあるからさ」
「そう、ね~。こればっかりは難しいわね~」
「巻きこむわけにゃいかないし。回りに回ってアマンダも危険になるかもだし」
目をまん丸くさせるサイヤ。自身の顔に手をあてると、満面の笑みになる。
「変わったわね~。うんうん」
「は?」
「その調子なら訓練が始まれば安定してくると思うわよ~」
「そ、そうなの」
「きっと大丈夫よ~」
「は、はあ」
ぱちぱち、と瞬きをする情報屋。きょとんとした表情は、とても幼く見える。
「念の為に魔力を分けておこう。ゆっくり休むのだぞ」
「う、うん」
いまいち飲み込めていない少年だが、リューデリアは構わず魔法を唱える。彼女の両手から淡い赤色の光がもれ、次第に集まって球状になって行く。
玉はゆっくりと子供に近づくと、より遅いスピードで体の中へと入って行った。
「違和感があったら言うのだぞ。お休み」
「お休みなさいね~」
「お、おやすみ」
いそいそと部屋を出た魔女たち。数分程歩き、
「いい傾向ね~。ラガンダ様の狙いどおりかしら~」
「だと良いがな。無意識のようだが、外に関心が向いて来ているのだろう」
「アマンダとも何だかんだで仲よかったもんね~」
「うむ。二人してヤロに怒られていた事もあったしな」
「あ、行軍中のときだっけ~。早く食べろ的な」
「そうそう。確か身長の事で子供じみた言い合いをしていた」
「思い出した~、あれは笑ったわね~っ。どっちもチビだろって」
「そうだな。身も蓋もなかったが。彼からすればどちらも小柄だ」
「そうね~。このまま前みたく戻ってくれたら、ね~」
「ああ。本当に」
憎しみはそう簡単には消えない。これは抱いた者にしか理解出来ないだろう。それでも、特に子供に関しては、感情や起こりうる現実から遠ざけておきたいと願うのは、関係者の願いなのかもしれない。
少なくとも、五年前に比べれば、情報屋は大分落ち着いた様に見えなくも無い。もし、普段から接している知人にすら顔を見せないのは、単に守りたいという心理から来ているのだとしたら。
「戦争が終われば、変わるのかしらね~」
「そう、願いたいな」
失った者は戻らない。だが、今を生きる人間には先がある。
どうせなら明るく楽しい世界で生きたいと、魔女たちはそう話しながら、部屋へと戻って行った。