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瞳の先にあるもの 第75話(無料版)

※書き下ろしなので、誤字脱字や展開など、今後内容が変更される恐れがあります。ご了承下さい。


 話を聞いたのは、数百年前の戦争が終わってから数十年が経過した時と、アルタリアは記憶している。
 戦いの折、前線に放り込まれた少年ラガンダと少女ハーウェルは、高らかに笑う男の声を耳にしたという。周囲の大人が次々とゾンビ化していく状況下では、正体確認など出来るはずもなかったのだが。
 若かりし頃から精霊とコンタクトが取れるフィリアの協力を得て、火の魔法師は風が見た光景を伺ったそうだ。
 その者は魂を二つ持つ器をしていた、と。
 魂は、その人間であるという証だと伝えられている。なお、多重人格の場合は一つの円の中に、複数の色がある様な感じらしい。
 だが、目の前にいるクロウフヴニは違う。円が二つあるのだ。
 元来、魂は目に見えず、感じない。魔力があろうがなかろうが、だ。それでも四大魔法師とエレノオーラには分かるのである。理由は、おそらく同じ精神体だからではないか、との結論だった。詳細は不明のままなのだが。
 「似た様な事を、あの戦争でもやったな」
 「ええまあ、実験にね。貴方はその場にいなかったはずですが。ああ、精霊に聞いたんですかね。誰かが」
 まるで知っているかの様な口ぶりに、アルタリアは目を閉じる。だが、今は感情に身を任せている場合ではない。重要なのは、今を生きる者たちの生還だからだ。
 「魔法師、なら問題ない。諸悪の根源には、ご退場願おう」
 「おお怖い怖い。貴方に来られてはたまったものではありません」
 のたまいながら巨大な死体に飛んで行く青年。水の魔法師は、パチンと指を鳴らすとすかさず追いかける。
 音と共にアンブロー側の足元にピシピシという効果音が響くと、一部を除いて一人一人が動きやすいように分解された。
 なお、ハンナ以外の魔法師は自力で浮かび上がり氷をくっつけて広くすると、彼女の元へと動かす。
 「情報屋、これ個別に動かせるか」
 「サイヤならたぶん」
 「頼む」
 返したエスコの言葉を受けると、子供は魔女に話をつけに行く。一緒に戻って来ると、ゆっくりした移動なら可能だという。
 レインバーグ将軍は、矢を弓につがえながら、コラレダの暗殺者たちに近づく。
 「私はエスコ・レインバーグだ。暗殺者の諸君らなら、名で何がいいたいのかわかるだろう」
 顔を静かに合わせる面々。表情はほとんど変化が無いが、元部隊長のイスモは推し量れた。
 「時間がないから結論だけいう。我々と共闘しよう。軍団長やあの魔法師についていけないのなら」
 「貴族の言うことなんて信じられるか。どうせ終わったら殺すんだろう」
 「そんなことはしない。レインバーグの名の元に誓おう」
 再度仲間を見る暗殺者たち。返事を待つエスコの傍に、ヘイノと彼に抱えられたアマンダが合流する。
 「レインバーグ公爵家だけでは信用できませんか? なら、ライティアの名も掲げましょう」
 「私はアンブロー軍を総括しているヘイノ・フウリラだ。諸君らの身は我が身において保証する」
 少し遅れ、
 「安心しなよ。この人たちは信頼できるから」
 と、イスモ。最後の言葉に一番反応した相手は、瞳に少量の光が灯る。
 「少なくとも、ここにいる貴族は平民を大事に考えてる。横暴なあいつらとは違ってね」
 「ヤ、ヤンネ隊長っ。あんた生きてたのか」
 「まあね」
 うぐおおぉおおぉっ、と雄叫びを上げながら、巨大な死体は、足で地響きを発生させる。
 「イスモ。一時的に彼らを預かってもらえるかい」
 「こいつらを率いろって?」
 「ああ。四の五のいってる場合じゃない」
 「了解。邪魔しないように見張っとく」
 「やり方は君に任せる。ヘイノ、アマンダ」
 「ああ。アマンダ、魔法で行けるか」
 「問題ございません」
 「良し。君とエスコ、サイヤを中心に組む」
 「わかった。一度戻ろう」
 ヘイノはイスモを見た。彼は、少々面倒臭げな表情をしながらも手を振る。
 軽く微笑んだ将軍は軽く会釈をして他のメンバーと合流する。
 一人を除いたアンブロー側の人々の傍に、黒髪をなびかせた女性が浮かんでいる。どうやら、見えない赤い冠をかぶっているようだ。
 「無事だったみたいだね」
 「ええ。アルタリア様のお陰です」
 「まさか弾かれるとは思ってなくってね。悪かったよ」
 「いいえ。相手はこちらの予想をはるかに上回っておりますし」
 フィリアはヘイノからアマンダを預かると、一番広い氷の上に座らせた。
 「この子はアタシとハンナが見るよ。戦えないが、その代わり」
 右の肘をまっすぐ伸ばして視線の先に置くと、手から緑色の光が溢れ出した。一瞬強く光って広がると、足元の氷が淡い緑色に包まれる。数秒後、各々の手に、ぼんやりとした小さな同色の玉が出現した。
 風の魔女曰く、これで自由自在に動けるようになったという。アマンダを守る意味合いもあるが、コラレダ兵の分ともなると、さすがに戦いながらのコントロールは難しいらしい。
 「後は頼んだよ。基本、今を生きる人間がどうにかするべきだからね」
 本来なら四大魔法師はここまで関与しない。それ程、イレギュラーな事が頻発してしまっている時代。
 頷いた一同は、巨大な敵に向き直る。
 頭、手と足が二本ずつあり、顔の部分をよく見ると、多くのそれが蠢いていた。周囲に響き渡る、不気味な叫び声の原因だろうか。
 「ヘイノ。ゾンビの特性は変わっておらぬはずだ。だが、直接攻撃は控えたほうが良かろう」
 「そう、だな。表面のただれ具合から見るに、何かありそうだ」
 視線をそらしたい気持ちを抑えながら、フウリラ将軍は指示を出す。遠距離攻撃を主体にし直接攻撃せず、大きな死体の進路をそらす為に気を散らす様にしたのである。
 というのも、敵がゆっくりと向かう先には、アマンダがいたからだ。
 決して触れるなと強調された一同は、まず進む方向を転換を図った。イスモ以外の従者とランバルコーヤ兵が連携を取り、頭部付近を飛び回る。
 うっとうしそうに手を振るうゾンビ集合体のしぐさは、人間そのものに感じられた。
 一方、攻撃可能なエスコとサイヤ、白鎧の騎士たちは、彼らの合間をぬって反対側から攻撃を仕掛ける。
 なお、リューデリアとサンプサは、ゾンビを形成している核を探していた。
 様子を見て加わろうとした情報屋に、
 「待ちな。あんたはここに残るんだ」
 「なっ。手数がたりてねーだろっ」
 「おや珍しい。手を貸したいのかい」
 「そ、それは」
 いつの間にか前のめりになっていた事に気づく子供。複雑な表情をしながら、フィリアは、
 「気持ちは参加させてやりたい。だが、今はまだ自分の立場を考えなきゃね」
 それがあんたの選んだ道だ、と年長者。目深いフードが、子供の顔を全て隠してしまっている。
 十にも満たなかった頃の決意が、今になって足枷になるなど、予想だに出来なかっただろう。
 あの時の決断がそれ程重いものなのだと、情報屋は初めて悟ったのであった。
 なお、情報屋の背景を知る参加者のリューデリアとサイヤは、まだ幼さが残る子に残酷な経験をさせたくない、と最もらしい理由をヘイノに伝えている。受けた側は、魔法師という立場を考慮し、表面上の納得をしながら、手元にあるカードをどの様に切るかを優先に模索する。
 弓と魔法と特殊攻撃による攻めは、表面が剥がれ落ちている辺り、一定の効果がある模様。しかし、決定打には至らない。万が一、双方が玉切れを起こした場合、こちらの敗北が確定する。そして、エスコに至っては命の危険性もあった。
 上空での攻防が続く中、突然、足を上げ大地を踏みつける巨大ゾンビ。木々は歩いているだけでなぎ倒してしまうのだが。
 『サンプサ。状況はどうなっておる』
 『グランッ。何故こちらに』
 『呆けた事を抜かすな。こんな面白い戦いに参戦せずに何が傭兵よ』
 深いため息とともに、現状を話す執事。戦いを心底楽しいと感じる前王は、戦場は遊び場の様な感覚らしい。一般人には到底理解されないが、傭兵王と呼ばれる所以でもあるのかもしれない。
 『つまり、核とやらを見つけ破壊すれば良いのだな』
 『ええ。魔法で探してはいるのですが』
 『探知出来ぬ様にしている可能性もあろうが』
 『仰る通りです。なので、進路をそらしながら外皮を剥がしているのです』
 『ふむ。場所の特定は』
 『恥ずかしながら』
 『そなたの探知能力はラガンダのお墨付きだ。相手が悪いだけよ。兵の半分を足元の送れ。地上からも攻めてやる』
 『直接攻撃は危険です。貴方でも耐えられるかどうか』
 『こんなデカブツの攻撃など耐えられる訳なかろう。隙を見て削るわ』
 『物理ではなく、毒などのです。何があるか分かったものではありません』
 『その点に関しては問題ない。こちらに来る際、フィリア様に対処して頂いた。効果も実証済みだ』
 『そうですか。では伝えておきましょう。異変が起きたらすぐにご連絡を』
 『うむ』
 魔道具による通信が切れると、上空から見て小さな砂埃が舞う。音が派手に響き渡ると同時に、サンプサは部下たちに命令を下す。
 そしてヘイノに事情を説明しに行くと、再び元の位置に戻った。
 空と大地からの攻撃を開始してから三十分程経過した時、巨大な死体の進行方向が西から北東へと変わった。先には山や崖があるだけなので、人的被害は免れる形を取れたのである。
 以降、地上では動きを止める為に、右足の腱にグランが傷を与えている。
 少し歩みが遅くなったと誰もが思った瞬間、突然首をほぼ反対側に向け、アマンダたちがいる方向へと口から光線が放たれた。城が呑み込めそうな位の太さをした輝く砲撃は、一瞬で彼女たちとの距離を詰める。
 ハンナと情報屋は力を合わせて結界を展開。すぐに衝撃が襲うが、フィリアの力も合わさり、均衡を保つことに成功した。
 「ちっ、クソ。もっと力を使えれば」
 「焦るんじゃないよ。もう少しで助っ人が来る」
 「す、助っ人ですか?」
 杖を持つ両手がだんだん痺れて来ていたハンナは、思わずすがりたくなってしまう気持ちを抑える。一方、情報屋は自らの力を解放出来ない今に、憤りを感じていた。
 敵の攻撃を止めてからしばらく経過した時、黄土色と朱色の光がアマンダのネックレスから放たれる。四人の後ろに移動すると、より一層強く輝き出した。
 すると結界の面積が約倍の大きさになり、光線が中央に集まり始める。元の直線より大きくなった光の玉は、放った張本人に返って行く。
 頭部に直撃すると、巨大ゾンビはたまらずよろめいた。パラパラと剥がれ落ちる外皮は、どんどん地面へと叩きつけられ、そのまま灰となって消えてしまう。
 顔の半分が吹き飛ばされたにも関わらず、相手は上体をゆっくりと戻した。直立状態になった巨大ゾンビは、周囲を飛んでいる人間たちを叩き落とそうと腕を振り回し始める。
 幸いな事に、巨体故か動きは早くない。
 しかし近づきにくくなり、しかも再びアマンダのほうへと向かって行ってしまった。回転しながら動いている為、方向修正が無意味と化してしまう。
 フィリアは子供たちを先に逃がそうと思った矢先、ゾンビの動きが止まる。何かに躓いたらしい動きをし、まるで穴から足を引っこ抜こうとしている様にも見えた。
 この隙に彼女たちは別の方角へと移動する。また、同じくして地上遠距離班の攻撃が右腕に集中。出現した時に比べると、いささか細くなって来ていた。
 とはいえ、まだ人間が対処出来る大きさでもない。せめてグランの破壊力が生かせれば、状況は一変するだろう。
 「サンプサ殿、どうですか」
 「参っておりますよ。探索に関しては自信があるのですが」
 「私も見つけられませぬ。もしかしてゾンビの中に無いのでは」
 「範囲外にある、と。成程、一理ありますね。外皮が離れた場所から侵入してもありませんし」
 基本、魔道具は発動場所の中、または近くにある。もし、魔法師の思い込みに付け込んだのなら。
 「地上は私にお任せください。貴方は引き続き空上をお願い致します」
 「畏まりました。お気をつけて」
 二手に分かれた魔法師は、それぞれグランとヘイノの下へと飛んで行く。
 塵も積もれば山となるなら、山を削れば塵と化す。つまり、対応しやすい初めのゾンビに戻る。
 そう信じて、一行の戦いは続く。

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