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瞳の先にあるもの 第73話(無料版)

※書き下ろしなので、誤字脱字や展開など、今後内容が変更される恐れがあります。ご了承下さい。


 「あれ~。雨が降ってる~」
 と、ギルバート。窓を覗いたアードルフの瞳には、深夜の闇に包まれた情景が広がっている。
 だが、耳を澄ますと、確かに雨音が聞こえた。
 「急だな。まあ、空模様自体分からんが」
 「まあね~。おっと、そろそろ行ったかな~」
 右手にショートソードを握り締めながら、入口に向かう彼。室内だからか、普段つけている鎧は、前腕と胸、腰回りのみだ。
 ギルバートは少し扉を動かすが、すぐに閉じてしまう。眉間にしわを寄せながら、目も閉じていた。
 「まだいるようだな」
 「いるいる。臭いがすごい」
 「そればかりはな。布で覆っても限界がある」
 はあ、とため息をつきながら、近くにあった椅子の埃を払って座るアードルフ。実は、時間にしてアルタリアが暗殺者たちの会話を聞く前頃、大量のゾンビに襲われたのである。
 多勢に無勢な為、一番前にいる人外を倒しては逃げるを繰り返し、追跡者が見えなくなったところで部屋に駆け込んだのだ。
 近くに発生源があるのは察しているが、何分数が数で、聖水を使い切ってしまう可能性もある。生命線である水が無くなれば、苦戦どころの問題ではない。しばらく待って引かないなら、アルタリアに連絡を入れる予定だ。
 「ゾンビって、視覚認識なのかな~」
 「かもしれんな」
 「鼻、は、多分無理だよねえ」
 「共食いしていない辺り、おそらく」
 「う~ん。しばらく途切れなそうだから、ここで休憩しよっか~」
 椅子を見つけて汚れを飛ばすと、小声で話せる距離に腰を落ち着かせる。
 「アードルフってさ。いつもあんな防護服着てて肩凝らない」
 「いや、感じたことない」
 「へぇ~。でもびっくりしたよ~、知らずに持ったら脱臼しちゃいそう」
 「大袈裟だな。そんなやわじゃないだろう」
 さすがに微笑した年長者。普段は薄紫色で特殊加工されたサーコートを身に着けているが、今はレザーベストとヴァンプレスという身軽な格好だ。
 彼はアマンダの護衛役も兼任している為、万が一の時は盾になる様、命を受けている。とはいえ、今までそんな危機的状況に陥ったことは一度もないが。
 サーコートを用意した魔女たちも、従者を犠牲にする気はさらさらなく、色々と調整した上での着用だ。アードルフの実力があれば、大抵は切り抜けられると仮定し、念の為に防御力を高めたに過ぎないのである。
 故に二十キロ弱になってしまったが、スピードが必要な任務など、彼にほぼ回って来ないだろう。
 「貴方みたいな人に尽くされて、ライティア家は恵まれてるよね~」
 「な、何だ。唐突に」
 「あ、もしかして照れてる」
 「あのな」
 年上をからかうな、と口にしたいところだが、本人はコスティにもしょっちゅうされていたせいか、呆れが先に来てしまう。にこやかに、思ったことを口にしているだけなのを理解しているのもあるかもしれない。
 「アマンダ様も随分気を許してるみたいだし~」
 「幼い頃から共にいたからだろう。ちょうど父君を亡くされた直後だったしからな」
 「そう、なんだ。十年前……」
 「何か思い出したか」
 「いやいや、そんなんじゃないよ~。数年前のことも覚えてないし~」
 「そう、だったな」
 「大事なのは今だから。強いショックでもあったんだろうし」
 ふふ、と、力無く笑うギルバート。気づいたら戦いが終わった場所にポツンと立っていたという彼は、使われなくなった武具を身に付け、どうにか最寄の町にたどり着いたという。
 そこでオルターやガヴィを初め、良い出会いのお陰でここまで来れた、と続ける。
 「運が良いんだろうね~。皆に言われるけど」
 「俺も同じだ。親父殿やヤロ、イスモ、コスティ様、アマンダ様、アイリ様、フィリア、エレノオーラ、それにお前も。沢山の良い人に巡り合えたお陰で生きていると思う」
 「そっか。誰かの力になれるって素敵な事だねえ~」
 「そうだな」
 過去がどういうものか知らないからか、ギルバートは仲良くなった人間から地理や歴史など、様々なことを聞き回ったという。不思議と納得が行くものもあれば、何となく反発を覚えるものもあり、それらを整理して、アンブロー関連に関しては好感が得られる事が多かったらしい。
 元々、こちらに足を運ぼうと思っていたが、傭兵仲間との縁に情が生まれ、しばらくコラレダに留まっていたそうだ。
 皮肉にも今襲って来ているゾンビたちが、ギルバートとアンブロー王国の接点になったのである。
 「焦るな、というのは無理だろうが。少なくともお前が紡いだ縁(えにし)は無くならん。いつでも戻って来ると良い」
 「そうさせて貰う。世界中旅をして何も得られなかったら、ね。貴方はどうする気だい」
 「俺はこのままライティア家に骨を埋める気だ。許されればな」
 「許されるでしょ。じゃなきゃ十年もいさせないって~」
 いやだな~、と、笑う青年。顔は全く似ていないのに、古主に雰囲気が似ているのが、アードルフには不思議でならない。
 もちろん、故人は蘇りはしないのは百も承知だ。エスコもそうだが、縁深ければ、それだけ引きずってしまうものなのだろう。
 当時よりは落ち着いたし、現実も受け入れてはいる。しかし、やはり考えてしまうのが人間なのかもしれない。
 「さてっと。休憩も出来たし、そろそろいなくなったかな~」
 「あまり時間も掛けられん。突破出来そうなら突破するぞ」
 「了解~」
 そっと扉を開け廊下を伺うと、殆どのゾンビは通り過ぎた模様。反対側にも姿は無く、抜けるチャンスであった。
 ギルバートは左手の指でアードルフを呼び、同時に飛び出す。後発組に見つかったが、数体なので問題なく突破する。
 無事食堂に戻れた二人は、ヘイノに状況を報告した。
 同時刻。ヤロとイスモはゾンビたちを掻い潜り、地下室へと来ていた。建物の構造上、宝物は人目に触れない所にあるケースが多いから、というイスモの提案からだ。
 通路を覗き見た彼は、
 「ゾンビの数減った気がする」
 「オレもそう思ってたぜ。誰かが止めてくれたのかもな」
 「距離があるからかもしれないけどね」
 「やっぱり食堂に集まるようになってるってことか」
 「何ともいえないけど。全体的に減ってるんじゃないかな」
 選んだ道が相手にとって重要ではない場所である可能性も否定出来ないが。館の広さを考えたら、それもプラスに働くだろう。
 姿勢を低く足音を立てない独特の歩きかたは、訓練を受けなければ難しい。普通に暮らしている人間とは細かい動作が異なっている為か、すぐに気づかれてしまう。
 現に以前、サイヤがふざけてイスモを脅かそうとした時、逆にしてやられた事があり、悔しがっていた事がある。さすがに魔力で誤魔化されたバケツには気がつかなかったが、人的な罠なら、感覚の鋭い彼には殆ど効果が無い。
 「どう考えても近づかせないようにしてるから、絶対何かあるね。いただいとこ」
 「ワームだったか。他人のを触ってもいいのかよ」
 「素手じゃダメだね。種類はともかく、毒が塗られてるケースが多い。ちゃんと手順ふめば問題ないよ」
 そのまま使うのは狩りぐらいじゃない、と暗殺者が廊下に仕掛けた、糸状の罠を回収するイスモ。極細の糸だがランプの反射で気づいたそうだ。
 元暗殺者の皮製グローブは、魔法師が加工してくれたお陰で随分と丈夫になり、耐久性が強くなっている。若干重くなったが、男性には微々たる差でしかない程だ。
 女性に見紛う青年は淡々と前を歩き、相棒の傭兵は背側に気を配りながら進んで行く。アードルフと離別してから身に付けた、処世術の一つでもあった。
 先頭が手を上げると、二人ともピタリ、と止まる。先には、暗殺者が二人、立っていた。
 退屈そうに欠伸をしている連中に対し、傭兵たちは目を合わせると頷き合う。
 相手と同じ動作が出来る人間は、そろり、そろり、と近づいて行く。
 見つかるか見つからないかの場所まで移動してタイミングを測り、頭を腰の高さまで下げ、一気に距離を詰めながらナイフを投げた。
 丁度背を向けていた一人の首に命中すると、気づいたもう一人の首元を短剣で切りつけ、行動不能にさせる。
 投擲攻撃を受けた男には先制者が、しゃがみ込んでいる暗殺者には直接攻撃が得意な傭兵が止めをさした。
 血糊を拭いて武器を収めると、近くに下り階段があった。周囲を確認し、石を投げてみる。
 カン、カン、カン、と無機質な音が響き渡るが、それ以外の空気の振動は無い。
 顔を見合わせた傭兵たちは、いつものフォーメーションで下りて行く。全く使われていなかったにも関わらず、通路には埃が積もっていない。しかも、怪しい紫色の光まで見えてくる始末だ。
 死体独特の鼻につく臭いは、足を動かす度に酷くなって行く。器官に思わず手を添えながら、地下牢へと出た。
 そこには、人間並みの大きさをした見たこともない模様が、宙に浮いていた。
 「な、何だあ、こりゃ」
 「魔法だろうね。うん?」
 「どしたい」
 髪が揺れたのを感じたイスモは、数歩横に歩いて視点を変えてみる。すると模様の裏に、人一人通れそうな穴が空いていた。
 「ゾンビをつくってるっぽいね。まあいいや、連絡しよう」
 「中調べなくていいのか」
 「そいつに触っちゃうかもしれないでしょ」
 「うーん。確かに隙間がせめえな。入口見張ってらあ」
 「そうして」
 アルタリアに連絡をすると、十分後位に行けると返される。どうやら、他の魔法陣を処理しているという。
 「あと十分ぐらいだって」
 「忙しいんだろうな、あの兄ちゃん」
 「実際はとんでもないじいさんだけどね」
 「言うなっつうの。フィリアに聞かれたらぶん殴られるぞ」
 「聞かれるからだろ。面とむかっていうのはただのバカだって」
 「いやあ、あんなに耳が良いなんて思わなくってよ」
 「あー、地獄耳ね。そりゃ運がない」
 「っつうより、風魔法の応用だとか言ってたな」
 「へぇ~。どれぐらい離れてたの」
 「そうだな。そん時あ、家三件分ぐらい、だったような」
 「俺が悪かった」
 「あん?」
 相手は魔法師。魔法と縁遠い人間とは、今回の様に感覚が異なっている場合が多い。近頃は当然の如く目の当たりにしているせいか、うっかり忘れる事もある。
 「お待たせ。これだね」
 「どうも。ちなみに、後ろに通路がありましたよ」
 「そのままで、大丈夫。もう掘り起こされることも、無い」
 「わざわざ掘り起こしてたのかよ。ご苦労なこった」
 「バチ当たればいいのに」
 「そのうち、当たる」
 と、低い声で言うアルタリア。背筋に冷たい汗が流れたのは、二人の気のせいでは無いだろう。
 パキン、と砕ける音がすると、地下室には、手に持つランプの明かりだけが頼りになった。
 「うん。これが最後の法陣、だったみたいだ。戻ろう」
 「ふう。これで随分楽になるな」
 「だと、いいけどね」
 「何か、気になる」
 「隊長クラスがいないと思って。まとめ役がいないなんてありえないんで」
 「そうか。一度皆で話そう」
 「対して手強くもなかったな。そういやあ」
 ひとまずゾンビ関連を解決した一同は、食堂で集まることに。最後に合流したのは、再度外に出ていたアードルフとギルバートであった。
 「とりあえずいたゾンビは、大方片づけました」
 「良くやってくれた」
 「次はこの結界だけど。どうやら中心がわからないらしい」
 「中心、ですか。核の様なものと伺っていますが」
 「そ。僕らがでてる間、捜索範囲を館にしぼったけど反応がないって」
 「また魔法師には見えない系?」
 「おそらくな。なので、ランバルコーヤの方々に探して貰っている」
 「ああ、道理で人数少ねえと思ったら」
 「連携が得意な彼らだから、すぐに情報共有も可能だ。君達は少し休んでいてくれ」
 暗殺部隊隊長クラスの不在。魔法師にはわからないブツ。何だろ。
 「イスモ。何か気掛かりがあるのか」
 「え。いや、何となく違和感がね」
 「相手は魔法と組み合わせて来ている。従来の方法とは限らん、気づいたらお伝えした方が良い」
 「そうする。具体性がでてきたら、ね」
 義兄の助言に素直に従った元暗殺者。形にならない違和感を、どうにかまとめようとしていた。

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